201話
先ほどまで考えていたこと。ユリアーネは一旦忘れる。本当なのかわからないから。普通に。いつも通りに。
「おはようござます、アニーさん。たまにはショコラ・ショーでもどうですか?」
こんなこともあろうかと二杯ぶん作っている。朝はコーヒー派の自分と、一日を通して紅茶派のアニーの。彼女と話していると、やはり後ろめたさやその他マイナスな気持ちも吹き飛んで、自然と笑みが溢れる。
まだ完全に開ききっていない目のアニー。急にどうしたんだろう、という考えは浮かばずに、舌に甘いものを施した際の味わいが広がる。
「んー……朝から甘いのもいいっスね。いただきます。ところで」
「? なんですか?」
もうひとつカップを取り出し、注ぐユリアーネ。少しとろみのあるショコラショー。甘い香りが広がる。
そのショコラ・ショーとは違う香り。アニーはひと息嗅ぐ。
「なにか恥ずかしさのような。隠しておきたい気持ちのような。なんかそんな感じの香りがするっス」
彼女は嗅覚がいい。太古の人々からは退化してきている、という研究結果のある『嗅覚』。この少女にはそれが当てはまらない。それこそ細かな感情が読めてしまうほどに鋭敏化している。そして嗅ぎ分けたのは、なにかの隠し事。
しかしその感覚こそが、働くカフェでは武器となっている。とはいえもちろん、常に無意識に嗅いで識別しているため、こういった時にも感じとってしまう。
隠しごとはできない、とユリアーネもわかっている。だから全てオープンに。それでも続く友情。崩れることなど。想像できない。
「隠したいこと。ありますよ。私もそういう年齢ですから」
少し揶揄う。こういう風に小悪魔的にあしらうと、
「……なッ! あのヒゲっスか!? あの見た目も目つきも犯罪者の店長に……!」
と、眠気を一気に覚ましたアニーは、自身の働くベルリンのカフェの年長者を疑う。全くそんなこととは無縁なのだが、彼女にとってはそう見えているらしい。『ヒゲ独身』と呼んでいたが、最近ヒゲを剃ってしまったためただの独身に。
変わらない日常。場所は変わっても人は変わらない。ユリアーネはもうひと口、ショコラ・ショー。内側から物理的にも精神的にも温まる。
「さらに、ここにエスプレッソを混ぜ合わせて、さらにフォームドミルクを注げば、ホットショコララテにもなりますね」
「アールグレイを混ぜるだけでも、ショコラフレーバーティーになりますから。こちらもオススメっス!」
先ほどまでの眠そうな顔も消えさり、紅茶のことを語るとなると輝きだすアニー。それ以外にもホワイト・ダーク・ミルク、それらのショコラでまた合う茶葉が変わる。そうなるともう妄想は止まらない。




