199話
すぅ、っと深くユリアーネは息を吸う。隠していることではない。明らかにしてしまおう。
「そのクルト・シェーネマンさんの紅茶のショコラ。私の店が協力している、と言ったらどうしますか?」
元々は繋がりなどなにもなかった。が、常連のお客さんの導きにより、紅茶の茶葉を見直す際の協賛。それはアニーが担当している。世界的なショコラティエにアドバイスをするほどの知識と感性を持った友人。それはユリアーネにとって鼻が高い……とは別の感情。
目をパチクリとさせながらも、その彼女の浮かない表情からジェイドは全てを悟った。
「なるほど……」
階段を降りて目の前で仁王立ち。目を輝かせる。
「? どう、されましたか?」
弱々しくユリアーネは問い返す。やはりこの方も、アニーを選ぶのだろうか。なんの実績も残せていない自分よりも。いや、こんな選択肢を選ばせている自分の責任。この方にはなにも落ち度なんてない。自分のこだが嫌になる。
しかしジェイドの答えはそれとは別。右手を差し出す。
「ならやはり私にはユリアーネしかいない。言っただろう、コーヒーの苦味が欲しいと。それに、出来上がったそれをクルト・シェーネマンに味わってもらうチャンスも得た。だからキミが必要だ」
勝手に好条件がプラスされている気もするが、よりやる気を漲らせるだけ。紅茶も捨てがたいが、今回はそうじゃない。コーヒー。絶対にコーヒー。勝手にライバル視しているクルト・シェーネマンが紅茶なら、自分はコーヒー。決まり。
勢いのある協定に押されつつも、ユリアーネはそれに飲み込まれつい返事。
「あの……よろしく……お願いします」
それでもまだ「いいのかな」と弱気な心持ちだが、相手の目からくる熱気のようなもの。それを受け取ると、少しずつ前向きになってくる。こちらでカフェ巡りをしよう、という案ももちろんあるが、フランスのショコラを吸収するのも、きっとプラスになるはず。
つくづく自分は恵まれている、とジェイドは感謝する。カルトナージュ、ピアノ調律、花、コーヒー。その他たくさんの力添え。
「とりあえずまだ残っているから、こんな時間だけど食べようか。私の『ムーン・リバー』でも」
オードリー・ヘプバーン。彼女をイメージしたショコラ。カルトナージュ。気分は高揚したまま、それらをドイツの友人一号に振る舞うことを決めた。




