196話
キッチン担当になってから、色々と考え込むことが多くなった気がする。やはりお客さんと触れ合うことが少ないので、塞ぎ込みがちになってしまう。結果、自問自答を繰り返す日々。いいのか悪いのかはわからない。ゆっくり考えたい時もあるが、誰かと話して頭よりも体を使いたい時も。
「ジェイドさん。ちょっといい?」
またもワンディ。ラテアートについて。しかし今度は先の件とはまた違い、お客さんからお呼びがかかったとのこと。もうすぐ閉店の時間。混雑時には無理だが、空いていればお客とスタッフが話し込むのはお国柄。
はて、なんで呼ばれたのだろうか。確かラテアートの注文はスワンだったが、思い返せばフェニックスを描いてしまった記憶がある。それだろうか。飛んでいれば別によくないかい? そんな自分への言い訳と甘やかし。
「お待たせしました。ジェイド・カスターニュと申します」
指定された場所。窓側の席。ひとり。
街灯に照らされ行く人々を見送りながら、静かにカフェラテに口をつける少女。向き直り、緊張の面持ちでジェイドに話しかける。
「忙しいところに……すみません。とても素敵なアートだったもので。どのような方が作っているのか、気になってしまって」
ミルクティーのような髪色に、透き通るような透明感の肌。ぷっくりと桜色の唇から、優しい声が紡がれる。鼓動も少し速い。
可愛らしい子だな。それがジェイドの第一印象だった。少し物怖じしているその姿も。何もかもが可愛らしい。それと。
「いえいえ。手が空いていましたから。それよりその制服。ケーニギンクローネですね。初めて見た」
モンフェルナ学園の姉妹校、ドイツのケーニギンクローネ女学院。自身もルカルトワイネなので姉妹校だが、パリで会えるとは。というかなぜ制服? いや、可愛いから許すけども。
あぁ、これは……と少女は胸に手を当てる。
「一週間ほど、パリでお世話になるので。というかご存じだったんですか。もしかして、学園の——」
「あぁ。そうみたいだね。ちなみに私も留学で来ている。ベルギーのルカルトワイネ」
ドイツ人とベルギー人がパリでフランス語で会話。不思議だね、とジェイドは笑う。言われてみればフランス語が多少拙い? という部分が。だが、全く問題ないレベルだし、最初は気づかなかった。まぁ、自身も母国語というわけでもないが。オランダ語が一番話しやすい。
同じ境遇。そして飲食に関わる仕事。一緒ですね、と少女は握手を求める。
「ユリアーネ・クロイツァーと申します。ベルリンのカフェで働いています」
細く小さな手。指先。それをしっかりとジェイドは握る……前に、手汗を拭う。少し緊張していたのは自分も同じ。
「よろしく。ユリアーネさん。ところでさ」
「……はい?」
真剣な眼差し。威圧されるようにユリアーネは身が強張る。なんでしょうか?
顔を近づけ、真っ直ぐ目を見てジェイドは問う。
「『愛』……ってどんなだと思う?」




