194話
「……」
受け取った? ことになっているベルは、目線が落ち着かずアレンジメントを見たり天井を見たりと無言。素敵だな、と率直に。自分の……ために。
……ちょっと待て、とひとりオードは冷静に物事を処理する。依頼したのは自分。ならお金を出すのも自分。しかし……これは自分が受け取るものでは……ない。
「あー……二人とも。あたしも悪いけど、一応あたしのもの、だからね……とは言っても」
そう言い切ると、バスケットごと手にし、それを恋する少女に近づける。
そこでベルと目が合う。少し涙目。
「……オード?」
「これはちょっと早いけど誕生日プレゼント。まぁ、当日は他にもなにか用意しておくけど」
と、オードは譲り渡す。受け取れるかっての。
そこにすかさず入り込むのはシャルル。流石にそれは申し訳なさすぎる。
「あ、す、すみません……他に、なにかお作りします、少々お待ちくださ——」
「大丈夫大丈夫。キミのお父さんからもらってるから。それでチャラってことで」
よく考えたらあの時は支払っていない。『オードリー・ヘプバーン』をイメージしたアレンジメント。父から受けた恩は子に返す。そう言えばあいつが『恩送り』とか言ってた。
唐突な父、リオネルの登場にシャルルは戸惑いを隠せない。
「リオネル……さん? え、それ……は……?」
うん? 思い当たる節はない。一体いつ?
そして蚊帳の外にいるベルはなにが起きているのかさっぱり、といった雰囲気。キョロキョロとあたりを見回すのみ。
「えと……オード、ありがとう、でいいのか……な?」
自信はないが、とりあえずくれるそうなので感謝。たしかに少し早いが、このアレンジメントはぜひ欲しい。
手をパンッ! と大きく叩いて、納得のいったオードはここらでお開きとする。
「はいはい、いいもの見せてもらった。参考にもなる。あ、写真だけ撮らせて。あと詳しい説明もメモかなにかもらえたら。それとベル。早いけど誕生日おめでと」
一応、あいつが変なこと言ったからここに来たわけで。そのおかげで楽しめた。から、念のため収穫を共有しときたい。
ひとまずはこれで滞りなく。自分というものを出し尽くしてしまったシャルルは、呆けているのを戒める。
「あ、はい。すぐに、作りますね……」
花の紹介はメッセージカードにしたためるために、再度花を思いやるが、すっきりとしない。本当にこれでいいのか、という悩みや恥ずかしさであったり。愛情表現が誇張気味なフランス人には珍しいかもしれない。
その間、しばらくベルはじっとアレンジメントを眺めていたり、せっかくなので持ち帰り用に包んでみたり。まだ落ち着かない。ひとつひとつの花を見ていると頬が緩んでくる。
「にひひ」
声が漏れる。生花だから一生は飾れないけど、自分でも同じものを作ってみようか。
「……実はかなり成果があったのかね」
携帯で撮影した写真を、イスに座ってじっくりと味わうオード。チョコレートコスモス。つまりショコラ。偶然? それともやはりショコラには愛を伝える力が宿っている? わからない。まぁ、それはあいつが考えること。自分はカルトナージュ。
自慢げにベルが、包み終わったアレンジメントをオードに寄せる。
「ね? 素敵でしょ?」
私の好きな人。その言葉は宙を舞って霧散する。どこかに店主がいるような気がして。
その笑顔を見ると、オードも認めざるを得ない。
「ほんとにね」
ショコラ。花。可能性は無限だ。




