193話
ふぅ、とシャルルはひと息。少し足がガクガクと震える。慣れない。今後も。きっと。
「はい。これらをバランスを整えながらオーバルになるように。形もたくさんあるんですよ」
オーバル、つまり楕円形に。花の丈を変えて立体的に。シックではあるが、ほのかに色味に違いがあるため、冬の寂しさと清廉さが同居する。
「ふーん、見事なもんねぇ」
一本、また一本と吸水スポンジに挿さるごとに完成に近づく。否、完成というものがあるものかはわからない。どの芸術にも、もちろんオードの携わるカルトナージュにも。満足してはいけない。そこで成長が止まる気がして。
淀みなく進んでいたシャルルの手が止まる。用意した全ての花は挿し終えた。立派なアレンジメント。充分にお金の取れる出来。だが。
「ベル先輩はなんとなく気づいているかもしれませんが。あと一種類。追加したい、最後の花があるんです」
これこそが。自分にとって心の奥底に眠る本心。かもしれない。
予想していた通り。当たって複雑な気持ちのベル。もうたくさん受け取っているので、これ以上いいのかという嬉しい悲鳴。
「……」
それを無言で受け止める。待つ。それだけ。忘れられない日になりそう。
「マジで? ほぉぉ……」
オードは言葉がない。説明を受け、それぞれの花に込められた想いの深さを味わった。楽しい。だが更なるサプライズ。花。やはり勉強になる。
そして店内奧のバケツ。そこからシャルルは数本花を手にし、テーブルの上へ。
「これが全体的な骨格を形作るラインフラワー。『チョコレートコスモス ノエルルージュ』」
ほんの少しだけ暗めの赤い花。小さいが元気に咲く、気候や地質などの様々な困難に強い花。ショコラの香りを纏い、その花言葉は『変わらぬ想い』。そして。
「ノエル……私の誕生日……」
クリスマス。その意味にベルはハッとする。ルージュをひいた自分。いや、やったことなかった。
それは初耳だったオード。それと同時にゾクっとする。以前、彼の父親にもアレンジメントを作ってもらったことがある。その時にも瞬時に深い意味を持たせたものだった。血を受け継いでいる。
「……そう……きたか」
上手く言葉にできず簡素な感想。だがそれしか出ない。
挿し終えたシャルルは最後に少し離れて観察、そして微調整。そして再度問いかける。「自分の素直な気持ちか」。
「……うん、完成です。シャルル・ブーケによる『恋』……です」
口に出すとやはり恥ずかしい。作成中は多少は抑えられていたが、終わると足の力が抜けてその場に崩れ落ちそうになる。




