191話
えぇ……と渋い顔をしつつも、それが望みならば応えるのがフローリスト。深呼吸をしたシャルルは準備に入る。全く了承したくないが。
「……ちなみになんで僕が——」
「いや? 面白そうだったから」
言ったあと「あたし、性格悪くなってる?」と自戒したが、オードにはそれ以外に理由はない。理由なく言ってしまっているあたり、性格が曲がってきたのかもしれない。その要因はいくつか思い浮かぶ。ヤツ。
「大丈夫かな……」
ソワソワと作業を見守るしかできないベル。本来なら自分が、と言いたいところだが、今の自分には全く思いつかない。ゆえに黙認。
『恋』や『愛』を表現する花は多い。そもそもが花を贈る行為そのものが、かつてオスマン帝国の『セラム』という習慣に基づいている。それは想い人に様々な贈り物をするものであったが、その中に花も存在した。そこからきている、と言われている。
困ったことにはなった。が、そういった注文は今後増えてくるだろう。いい経験だ、とシャルルは切り替え、イメージを膨らませる。
「恋、想い、愛……」
中々に自身には不足しているテーマ。しかもシャルル・ブーケの『恋』。思い浮かぶのは……イスに座って縮こまる少女。
その視線の先のベルは、ちびちびとコーヒーを口にしたりと落ち着かない様子。
(うわぁ……自分のことみたいに緊張する……いや、自分のこと、だったらいいけど……)
そんなことを考えながら。
どう見ても両想いなのだが、その寸前で止まっているであろうことは、すぐにオードには判別できた。というか誰にでも……いや、ジェイドにはわからないかもしれない。あいつはそんなヤツ。
「なんだかねぇ……」
これは充実した日々と言っていいのか? わからないが、少しずつ実を結び出した自身の成果。
三区にあるピアノ専門店『アトリエ・ルピアノ』。そこに商品を置かせてもらえることになった。ピアノをイメージしたカルトナージュ。厚紙を切って布を貼るフランスの伝統芸能。将来の夢。
ショコラティエールを目指すジェイドとは、名前を売るためだけの関係。あいつが勤める老舗ショコラトリー〈WXY〉で地位が上がって、新作を作ることができるようになった時。その箱をカルトナージュで。お互いにメリット。
しかし現実は。見本品として二作、最新作『ムーン・リバー』は情報なし。ただ、アトリエの従業員が気に入ったため、ピアノのカルトナージュ依頼。それはありがたく引き受けた。
それ以外にも花屋やパン屋にも営業を持ちかける。実力があれば仕事が舞い込んでくる、なんて世界ではない。普段あまり使われない世界に広げていくことが重要。さて。どうなっていくかね。
「恋。恋……」
少しずつ落ち着きを取り戻し、シャルルは花を思い浮かべる。自分に咲くアレンジメント。素直に。正直に。




