188話
八区にある花屋〈Sonora〉。おまかせ専用のアレンジメント専門店。
そこに訪れたオードの目的は贈り物の花、ではなく、働いている店員へ話を持ちかけることにある。
「あのさ……恋愛ってどんな感じなの?」
様々なアレンジメントに囲まれた店内。オスモカラーの床。水揚げされてバケツに入った切花。その中心の木製のテーブルとイス。そこに腰掛け、対面に座る友人に耳打ち。
突然のことにその友人、ベル・グランヴァルは大きく息を吸い込んだ。
「どんな……感じ?」
同じ学園に通う者同士。制服に店のエプロンをつけただけの状態。どんなアレンジメントを求めにきたのか、という相談に乗ろうかとしたわけだが、違う角度からボールが飛んできた。
なんとなく慌てて否定するオード。なにか勘違いされていそうで。されても問題はないはずだが、恥ずかしさが勝つ。
「いや、あたしじゃなくて。あいつ、ジェイドがそんな話をしてくるもんだから……」
仕方なく。役に立ってやろうとか、そういうのでもなく。自身も気にならないこともないので。ただそれだけ。
一度、一緒に彼女の働くショコラトリーへ行ったことのある間柄。その時にベルはジェイドに会っている。
「なるほどなるほど。ジェイドにも好きな人が——」
「絶対違うと思うけど。あいつのことだからショコラに生かしたいだけ。本人も言ってたし」
少しムキになりながらもオードは否定。どう考えてもそういう甘酸っぱい感じではなく。どちらかというとビターでカカオ。脳の形をしたパウンドケーキが頭蓋骨にハマって生まれてきた結果の産物。
日和ながらも、まぁ自分より付き合いの長いこの子がそう言うなら、とベルは納得。
「とは言っても、私のことを聞いても参考になるかわからないけど……」
少しバツが悪そうに。イレギュラー……だということはわかってはいるし。そして少しだけ恥ずかしい。
そのスッキリとしない言い方。素敵なことのはずなのに、オードからしたら不思議。
「? なんで? どういう気持ちになるとか、こういうことしたいとか、なんかそういう——」
「こんにちは。コーヒーのおかわりをどうぞ」
飲み終わった頃を見計り、背の低い眼鏡の少年がトレーに載せて新しいものを運んできた。初等部の制服。溌剌とした声量が心地よい。
「……あぁ、ありがとう」
香りのいいエスプレッソ。挽き立ての濃い色。砂糖とミルク。ご自由にどうぞ。至れり尽くせりでオードは若干戸惑う。なにせまだ花の注文すらしていない。話をしているだけ。にも関わらずこの待遇。
恋。それが頭にある状態。そのままベルは謝辞を述べる。
「シャルルくん、ありがと」
店主のいない今ならゆったり。まったりと同じ空間を共有できる。鬼のいぬ間になんとかかんとか。




