185話
だが、返すサロメの声は気が抜けている。
「いーんじゃない? 見本にひとつ持ってきてもらって、それで判断すれば。売り上げが上がればなんでもいいのよ。案だけ案だけ」
ダメでも自分に害はない。盛り上げに一役買ってやろうか、というだけ。断られたらドンマイの精神。
だが、ほんの少しでも光明が差し始めたのは事実。ジェイドは汗を拭って落ち着きを取り戻す。
「……感謝するよ、彼女にやっとなにか返せたかもしれないからね」
連続して、日の目を見ることのない作品を作らせてしまった。ほんのちょっとだけ悪いとは思っていた。意外なところから手が差し伸べられてラッキー。
とはいえ、まだなにも決定してはいない。サロメも場をクールダウンさせる。
「ま、期待はしないでいてくれたら助かるわ。店長あたりは喜びそうだけど」
カルトナージュそのものより、ついに問題児が売り上げ促進に目をつけだしたことに発狂する可能性もある。泣くかも。
善は急げ。このことを早く報告に行こうとジェイドは立ち上がる。今から行けば夕方には彼女の家に着く。電話ではなく直接行ってみよう、たぶん家にいるだろうし。友達も自分以外いないし。
「そのあたりは頼むよ。あ、そうだ。また忘れるところだった。チャーリー・チャップリン『スマイル』。じゃ、よろしく」
「あーい」
五角形のカルトナージュも受け取り、半分眠りながらサロメは手を振って送る。チャップリンか。前回の。さて、あのヒントからどういうショコラに至ったのか。あとでゆっくり食べてみよう。
「あれ? もういいの? 今日は一緒に行かない?」
パーテーションからロジェが顔を見せる。てっきりまた前のように同伴かと思っていた。まぁ、いいんだけど。てか、それが普通なんだけど。
目を瞑ったまま、サロメが感情なく声を上げる。
「店長、この店の売り上げを上げる方法を思いついた」
しかしどこか違う場所を見据えているような。売り上げが目的ではなく、その先にあるなにかに焦点を合わせているような。そんな儚さが漂う。
いつもなら起こしてほしい時間を伝えられるだけ。しかし、今日はなにやら違う雰囲気にロジェは戸惑う。でもこういう時はだいたい、よくないことを思い付いているはず。
「……珍しいね。どうしたの、アイディアを出してくれるなんて」
おそるおそる。ジェイドさんと共謀して、ここにカフェを作るとか。ほぼ自分のためだけに。ありえなくない。いや、それが一番ありえる。
だが、足を振り上げ寝そべりを解消。ソファーに正しくもたれかかるサロメ。
「……実際にやるのはあたしじゃないからね。他人任せ」
声は低く。思い詰めるように。音楽記号でいえばグラーヴェ、『重々しく』。天井を見上げる。電灯が眩しい。
なんだかいつもとは違う様子。やはりなにかある、と牽制しつつも突きすぎないようにロジェは浅く答えを求める。
「……で、どんなの?」
話したくなければそれでいい。社長となにか交わしているらしい密約。それに関わることなのだろうか。
眼前のゼラニウムを睨むサロメ。そして再度右手で優しく包んだそれを、自身の胸に当てる。そして——。
「……フランス。そして、その可能性」
どこかにある音。見つける。必ず。
この花に誓って。
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