184話
その動画はジェイドも教わって観させてもらった。明らかにネット越し、端末越しでもわかるほど、音が明瞭で力強くなっていた。態度が目に余るところがあった気もするけど。
「そうだね。良し悪しはともかく話題にはなった。彼の動画の再生回数ではダントツだ」
他とは一線を画すほどに伸びた。元々数字は持っていたが、桁がひとつ違うほどに。
「それ以来、困ったことに調律の依頼とか、店のピアノ販売とか伸びててね。ピアノの購入するには調律師に聞くのが一番、てのもあるし。やんなっちゃうわ」
ソファーに溶けるように脱力するサロメ。だからといってそんなに給料が上がるわけでもなく。ただ疲れが増すだけ。
店の売り上げが上がったことに悩む姿を見て、ジェイドは首を傾げた。
「……気になるところはあるけど、まぁいいか。それで?」
なぜか遠回りして話すことに不自然さを感じつつも、そのまま話を進めていく。
手の平を開き、サロメは再度ゼラニウムを凝視。そして提案。
「……カルトナージュ。もしピアノやそういった形で作れるのであれば、ここで販売させてもらえるようあたしが頼んであげる。購入した子供にプレゼントするなり、色々と使い道はありそうだし。金額は社長とでも話し合って」
どんな形でも再現可能なフランスの伝統芸能。面白い。スコアカバーやイスをカルトナージュで彩ったりとか。使い方次第では、楽しく弾く手助けにもなる。ありっちゃあり。
シン……とその場が静まる。それはあまりにも不意打ちすぎて、ジェイドは理解するのに数秒要した。え? カルトナージュの、スカウト、みたいな……もの?
「……えーと、つまりオードに依頼、ってことでいいの?」
点と点を繋ぎ合わせる。すると浮かび上がってくるのはカルトナージュ専門店の娘の顔。ちょっと怒り気味。その彼女に。ずっと欲しがっていた依頼が?
そこで初めて作者の名前を知ったサロメ。無理にとは言わないけど、と付け加える。
「オード、っていうの? まぁ、そういうことね。ピアノ専門店ていうのが不満なら仕方ない。海外からの客も多いから、それなりに売れるかもね」
これからピアノを始めようという子供にも評判はいいだろうし、お土産として海外に人気のカルトナージュ。こういった変わり種も密かに人気を集めるのでは? 適当に予想。
なぜか、この場にいない人物の代わりに緊張してきたジェイド。自分のことのように嬉しいのもある。
「ありがたいけど、いいのかい? 店長さんとか社長さんに聞かないで」
だが、そんな決定権を、この寝そべる少女が持っているようにも思えない。一応確認をとらねば、ぬか喜びになってしまったら、彼女にも申し訳が立たない。




