183話
「ごちそうさま。まさか『ムーン・リバー』とはね。詳しく聞いたらなるほど、って感じだわ。美味しかった」
ひと口サイズにカットされたエンゼルケーキとデビルズケーキ。それらを残さず平らげたサロメは、襲いかかる睡魔に抵抗しつつもソファーに横になった。寝ないけど楽になれる姿勢、と言い張る。
空になった容器を確認し、とりあえず、ほっとひと息つくジェイド。
「それはよかった。お店でも出せると思う?」
市民からの意見は専門家よりもありがたい。結局買うのはそういった一般の人々。リピートしてもらえるように、なにかあれば修正をかけていく。
完全に目を閉じ、いつ意識がなくなってもおかしくはないサロメ。とはいえ、タダだし感想くらいは伝えるのが筋。
「さぁ? でも毎回はカルトナージュなくてもいいかもね。中の袋とケーキだけでも。何個もあっても、ってなるし。逆に、海外へのお土産用にカルトナージュだけってのもアリね。あの形はそれはそれで需要がありそう」
そのほうが手軽。それぞれに使い方がある。詰め替えという形式もあってもいい。
「たしかにね。参考にさせてもらうよ。やはり誰かに食べてもらうのが一番いい。意見をもらえる」
そしてSNSなんかで拡散してもらえたらなおいい。まずは一度買ってもらって。そうしなければ始まらない。ジェイドも使える手は全て使う。
色々と満足したサロメだが、容器を手に持ってみる。そこに咲いた『偽り』。
「カルトナージュを使った花。ゼラニウム。どっからそんなアイディアが出てきたんだか」
箱を作るだけかと思っていたが、中々に自由。むしろ、なんでも作ることができる。このように枯れない花も。
「わからないけど、名前を売りたいそうだからね。色々と知識をつけているんだろう、カルトナージュ以外にも」
と、前回を思い返したところでジェイドはハッとした。そういえば、あの時も桜。なんだろう、助かってるけど花になにか縁でもあるのか。
指先でゼラニウムをいじり、色々な角度で探るサロメ。
「ふーん……」
他にも灯りに透かせてみたり、上に軽く手のひらで放ってみたりと、気になることを全て試す。
その様子を不思議そうにジェイドは観察する。
「? どうかしたのかい?」
問いかけられたのと同時にサロメは、優しく手でゼラニウムを包み込んだ。
「……ウチは案外名前が知られている。ほら、なんとかっていう有名なピアノの動画配信者のライブにも出たし」
ほんの少し前。プロのピアニストのストリートピアノ調律の仕事がきた時。自身が完璧に仕上げたピアノの音。結局はあまりその人物のアルバム販促に貢献はできなかったようだが、その時の調律が評価され、アトリエの名前は全世界に配信されて少しだけ話題となった。




