182話
大きく息を吐きながらシシーは背もたれに寄りかかる。
「たまたまですよ。ハックルベリーには、似たようなもので『ガーデンハックルベリー』というものがありまして。とは言っても似ているのは見た目だけ。生物分類のリンネ式階層分類では、科まで違いますから。ただ、熟していない果実には毒があるんです。それで知っていただけですよ」
そう、毒があったから。それだけ。
なんだか背筋がゾクっとしたギャスパー。より追求する。
《……毒?》
「ソラニン、ありふれた毒です。珍しくもなんともない」
主にトマトの苦味成分から分岐進化した結果の天然毒素。騒ぐほどの知識でもない、とシシーは軽く受け流す。
《そ、そうなの……?》
まぁ、料理するとかなら詳しくてもおかしくはないか……? と、ギャスパーは嫌な思考を閉じた。それ以上は深入りしてはいけない気がして。
話を平和的に変えるシシー。色眼鏡をかけずに見れば、ただのケーキ。
「たしかに美味しそうですね。どこかで食べられるんですか? パリでは」
ベルリンでは食べたことはない。推理していたら食べたくなってきた。
そういえば予定を聞いていないことをギャスパーは思い出す。下手なことは言えないので、とりあえず否定。
《いや、まだ正式には決まっていないけど……パリに来る予定が?》
ドキっとする。まるでゴジラでも上陸するかのような。圧倒的なプレッシャーを持つ生命体。それがここ、パリに?
画面越しでは見えないが、ニッコリとよそ行きの仮面を装着するシシー。隠せる思惑は腹の底へ。
「近々、視察のような感じで一週間ほど、そちらのモンフェルナ学園に。その時に時間でもあれば、と考えています」
そう。ただの旅行。パリへ。学院のお金で。問題はないでしょう?
多めの瞬き。意を決してギャスパーは歓迎する。
《そっか。なら、もしかしたら売っていなくても食べられるかもしれない。なんせ、このケーキを作ったのはまさにその学園に通っているからね》
あとのことは生徒達に任せよう。自分は逃げる。なんでか、映画『プレデター』が頭をよぎったから。
天使と悪魔。それらを食べられるかもしれない。シシーも胸が高鳴る。
「それはそれは。楽しみが増えました。たしかお孫さんも通われているとのことで。ぜひ、お会いできれば」
彼女と。俺は——。
含みのある言い方に、疑いの眼差しをギャスパーは向ける。怪しい。
「……なにか考えてる?」
まるで人質でも取られたかのような。そんな冷や汗。
なんのことやら? とシシーはあくまで楽観的に振る舞う。
「いえ? ただ——」
「ただ?」
やはりなにか悪いことを考えているときの口調。ギャスパーにはわかる。自分もそうだから。同じ穴のムジナ。
目を閉じたシシーは、邪気を払うように再度笑む。
「……ただ、お友達になれたらと思いまして」
彼女はきっと。俺を必要とする。そんな、ただの予感。




