181話
ここまで滑らかに、まるで空気抵抗もなく滑降するツバメのように、するりと解答まで到達できている。だからこそ、その単語はギャスパーには不思議でならない。
《偽り……って、どういうこと?》
もう、自分で考えることはやめた。絶対に脳を絞っても出てこない。なら最速で教えてもらうのみ。
やれやれ、とマティアスは呆れる。
「……この『ムーン・リバー』がかかっているシーン、全て原作にはない、映画オリジナルなんだ。ゆえに原作者は大激怒。この映画のウリになった瞬間に手のひらを返したけどね」
人間て浅ましいね、と苦笑した。
驚き疲れたギャスパーは少し深呼吸。
《……キミ達、頭の中どうなってるの?》
もうだいぶ麻痺してきたが、彼らは探偵でも始めればいいのに、と脳内で転職を勧める。
「ただの勘です。それに、まだなにかあるんじゃないかと思ってますけど。例えば、ケーキになにか入っている、とか」
謙遜するシシーだが、言葉を途切れさせずさらに深層へ。気になる部分は全てクリアにしなければ気が済まない。
《うっ……》
実は先ほどスクロールした時に少し見えてしまった。もうギャスパーは関わるのをやめようかと思うくらいには、この二人と話すのが怖い。なんせ、まだ外側のカルトナージュの部分しか画像は送っていないのだ。どれだけ一枚から捻り出せるんだ?
漏れ出た声からマティアスは確証を得た。
「当たりだね」
最後を締めくくるのは、『ムーン・リバー』の歌詞。その終盤にシシーは焦点を合わせる。
「となると答えは見えた。歌に登場する食べ物と言えばひとつしかない。それは——」
「「ハックルベリー」」
声が重なる。シシーは息が合ってしまったことに顔を歪めた。
ついでにそのアメリカ産のベリーについて、我が物顔で詳細を述べるマティアス。
「それぞれハックルベリーとブラックハックルベリーを使っているかもね、酸味に少し違いがあるし。使い分けると面白いんじゃないかな」
《……ちょっと待ってね……うん、はいはい、正解》
もう見なくてもよかったかもしれないが、一応ギャスパーは確認。合ってまーす、正解でーす。知ってた。
ふぅ、と喋り疲れてマティアスはコーヒーを飲む。
「こんなところかな。でも美味しそうだね。ウチのカフェでも作ってみようかな。ほっほ」
特に、譲ってしまったあの店なんかでは、店長の子が喜んで食べるだろう。スッキリとした紅茶なんかと合わせて。よりサボる回数が増えそうだ。
認めるしかない。認めるしかないが、やっぱり納得はいかないギャスパー。特に彼女。
《爺さんはわかる、爺さんはわかるよ、色々経験豊富だろうからね。でもシシーさん。キミはなんでハックルベリーまでわかったの?》
年の功で色んなものを食べてきただろうから、マティアスは置いといて。なぜまだうら若き女性の彼女がここまで詳しい? 興味はある。




