180話
元々、ジバンシィの創業者、ユベール・ド・ジバンシィはオードリー・ヘプバーンとは人違いで出会った、と言われている。同じヘプバーンではあるがオードリーではなく、キャサリンと会う予定だった。しかしオードリーの魅力にいち早く気づいたユベールは、数多くの衣装を提供した。そのひとつがこのドレスである。
《なるほど。エンディングは確かに白いコートになっている。対比ってことか。で、なんで中身までわかるの?》
最初と最後でオードリーは大きく異なっている。頷きつつも、またさらにギャスパーは疑問を持った。自身もまだ、なにも正解は知らない状態。
さらにシシーは推理を大きく展開していく。
「大きく対比しているケーキといえばそのふたつ、なおかつアメリカで生まれたものですから。合っていましたか?」
違うかもしれないが、おかしいところはひとつもない。合っていなくてもいい。ただの直感。外れる時は外れる。
急いで『WXY』のオーナー、ロシュディから送られてきた内容をスクロールして確認するギャスパー。まさか、とは思う。まさか画像だけでここまで。そんなことがあるのか? が。
「……合ってる」
寸分違わぬ読み通り。まるで制作時に隣にでもいたかのように。前も感じたが、ドイツ人怖い。
「そして——」
《まだあるの!?》
ここまででも充分驚きだが、まだ彼女は気づいたことがある、とギャスパーの脈拍が上がる。
それについてはマティアスのほうから、まずいつも通りヒント。
「アイスっぽい容器にあった花。不思議だと思わなかった?」
ワンポイント、文字通り華やかさを添えるカルトナージュ。そこにも意思が込められている。
だが、ギャスパーにとっては見た目の補正以外には捉えられなかった。
《花? オードリーは可憐な花だから、とかじゃなくて?》
歴代でも五本の指には入るであろう、輝きを放つ女優。ならば花で飾るのもなんらおかしくはない。どれだけ意図が介入してくるのか。
ここはマスターであるマティアスがそのまま、自分の番とでも言わんばかりに主張。
「ゼラニウム。オードリーを表現するなら薔薇とか。彼女の名前の入った薔薇もあるくらいだし。もしくは清廉なイメージのある百合とかね」
なんとなく、引っかかる種類の花のチョイス。無視するにはちょっとモヤモヤとする。
《……そう言われるとたしかに。ゼラニウム……なんで?》
同意見のギャスパー。その妙に、不安のような緊張感が増す。
ここでシシーにバトンタッチ。もう最後まで読み切れている。
「ゼラニウムにはいくつか意味がありまして。『育ちの良さ』やそれ以外には……『偽り』」
かつては上流階級の人々が多く育てたことで、前者のような花言葉を持つようになったが、後者のような意味もある。このカルトナージュが意味するもの、それはおそらく後者。




