179話
快くシシーは快諾。相手は大物ではあるが、特段緊張などもない、いつも通りの声色。
「えぇ。まずは容器のカルトナージュ、アイスのカップを模しているのはなんとなくわかるかと思いますが」
たしかフランスではグラスでしたね、と相手の国柄に気づかう。
そこまではギャスパーも理解している。猫足だが、カルトナージュにこういった部品があるらしいとも。
《そうだね。でも『ティファニーで朝食を』でそんなシーンあった? 『ムーン・リバー』との関わりもわからないし》
そこに割り込むマティアス。当然、この人物も全て読み切っている。
「『ムーン・リバー』がかかる場所、どこだかわかる? 三回あるね」
それがヒント。むしろ、一番有名な真ん中のシーンは抜いていい。ただ答えを伝えるのではなく、時間もあるし相手の手を引いて導く。
言われてギャスパーの最初の思考。顔つきが険しくなる。
《三回? ……えーとね、オープニングと、ギター弾いているところと、エンディングかな。どこにアイス要素が?》
それぞれ思い返すが、タクシーから降りてティファニーの前でコーヒーとデニッシュの朝食、窓辺でギター、雨の降る中猫を探す、の三本立て。やはりなにもない。
シシーがコーヒーをひと口。
「これは知らないとたどり着けない部分ではありますが、オードリー・ヘプバーンは実はデニッシュが嫌いだったそうなんですよ」
やはりコーヒーを売りにしている、というわけではないため、雑味がある。おそらく豆が多かったな、と勝手に予想。
それを聞いたギャスパーの声が高くなる。
《え? そうなの? でもここってタイトルにもなっているように、大事な場面じゃない?》
むしろ、ここが全て。最初の二分少々でタイトルは回収している。一番重要、と言ってもいいかもしれない。
冷静にシシーは宥めるように返答する。
「そうなんですが、彼女はこのシーンで監督になんと言ったか、ということです」
少々、問題形式で。制限時間は五秒。心の中で針が動く。
三秒後に血相を変えるギャスパー。
《……まさか、アイス食べたい、ってこと?》
照らし合わせるとこういうことになる。なんてワガママな。
膝上の猫が逃げて、シシーの足元で丸くなる。少し嫉妬しつつ、マティアスは続きを埋めていく。
「正確には『デニッシュは嫌だから、アイスに変えられる?』だね。早朝にあの場所でアイス食べてるって、合わないから却下されたそうだけど」
しかし、その自由気ままがシシーには羨ましくもあり、憧れる。
「それが彼女、オードリー・ヘプバーン。そのオープニングはジバンシィの黒いカクテルドレス」




