176話
話をすり替えられたことに呆れつつも、ショコラのことなのでサロメも乗っかる。そっちのほうが大事。
「あーもう……ま、いいわ」
「じゃ、時間までごゆっくり。サロメちゃんは遅れないでね」
釘を刺すロジェ。このあと普通に調律の仕事が入っているため、忘れないように。また寝たりとかよくある話。
当のサロメも「あー、はいはい」と適当にさばいて了承する。仕事は仕事。ショコラはお菓子。
ジェイドは、カバンから『WXY』の商品を取り出す。
「ありがとうございます、お土産置いておくので、みなさんでどうぞ」
「こりゃまた。こちらこそいつもありがとう」
そして気がきく。うーん、誰かよりは調律師向き、とロジェは再確認。誰かはクレームはもらうし気分で断るし勝手に調律先の家のもの食べるし——
「あ? なんか言った?」
パーテーションから顔だけ出して睨むサロメ。聞こえた、自分への悪口。
その険しい視線のロジェは「ひょ」と、姿勢を正すが「なにも?」と平常心を装う。
「?」
見えないやり取りがあったようだが、ジェイドは気にせず応対場所へ。
ソファに深くもたれかかり、足を組みながらサロメは話の話題に移る。
「で、今日は? ていうか、前回の新作うんぬんはどうなったの? もらってないんだけど」
忘れていない。ショコラの怨みは怖い。
「あぁ、それか。忘れてた。てことで持ってきたからあとで感想はもらうとして、今日はこっち」
まぁまぁ、と手で制したジェイドが、手下げの紙袋から取り出したもの。片手で持てるサイズの小さなモノクロのカップ。
この時点では全くなにかわからない。本当にショコラなのか。それすらも。早く食べたいサロメだが、手順は守る。
「……今度はどんなテーマにしたの」
白と黒。サッカーボール? トゥ・アンサンブル・オン・シャントハ?
「あぁ、そういえば言ってなかったけど、私のショコラは映画の音楽をイメージしていてね。ぜひ、当ててみてほしい。好きならわかるはず」
ジェイドからの挑戦。映画、そこから聴こえてくる音楽。当ててみなさい、と。
唐突に始まるクイズ。当てなきゃ食べられない、というわけでもないけど、サロメはやる気を出す。
「……ほほぉ、このあたしに。これは、グラスのカップ? に、チッペンデール。と、布ゼラニウム」
チッペンデールは猫足のこと。ピアノによくある脚部。調律師に有利になるアイテム。となるとクラシック系? 半生を描いた伝記? 容器はカルトナージュ、そして布でできた花、ゼラニウムも。中身は紙でできている。ひとまわり大きい蓋。本当にグラスが入っているみたい。
「その通り。どう? 絞れた?」
催促するジェイド。まだ解けていないところを見ると、少し嬉しい。




