171話
明るさを最小にした寮の部屋。本来は二人部屋なのだが、現在はひとりで使わせてもらっている三五平米。二段ベッドの下で寝転がるジェイドは、意味もなく『もし、上が落ちてきたらどうなるんだろう。痛いのかな』と頭を空っぽにして考えた。
コーヒーを飲んでしまったからか、少し寝つきが悪い。そういえば、コーヒーが飲まれる前は人々は朝から酒を飲んでいたんだっけ、とどこかで得た知識が浮かび上がった。とすると、カフェインのおかげで人々の生活は向上していったってこと。ありがとう、名もなきどこかの誰か。
今、この部屋にギターがあれば。窓にでも腰掛けて、歌を歌うのだろうか。いや、外の寒さは尋常ではない。ないな、とすぐに否定。少しだけ習っていたヴィオラ。もしそれがあっても弾かない。というか弾いたら怒られるか。
ショコラは決まった。オードリー・ヘプバーン『ムーン・リバー』。富を追いかけるホリーと、本当の幸せを手にするホリー。虹。原作とはかなりストーリーが違うけど。
不意に携帯が鳴る。誰からかかってきているのか。見ずに出る。
「オードかい? そっちはどう? なにか案はある?」
違ったら、という考えはない。我々は繋がっている。というのは言い過ぎているか。ただ、数分前にメッセージを送っておいたから。きっと彼女。違ってもフォーヴくらいなものだろう。
開口一番に畳み掛けられ、不満そうな口ぶりでオードが応じる。
《……あるっちゃある。けど、あんたのショコラに合うかはわからない。条件があるとすれば——》
自分のアイディア。猫。そしてオードリー・ヘプバーンという人物が監督を困らせたこと。そして、カルトナージュ。容器はこれしかない。
その箱と、ジェイドのショコラ。問題はない。ショコラは形を変える。ホリーのように。
「なるほどね。いいだろう、そのように調整する。むしろそのほうがいいかもしれない、私としても」
これで完成。しかし猫か。意外だな、と少し人物像を深掘りできたような気がして楽しい。
《……今回はないの? その、前のクイズ、みたいな》
警戒するオード。その声色がソワソワとしている。
電波越しでもわかる、いつもと違う雰囲気に、ひっそりとジェイドは優越感に浸った。
「ないね。なんだ、楽しんでいたのか。用意しておけばよかったかな」
口では面倒だと言いつつも、前回の角砂糖の件は楽しんでくれていたようで安心した。今回は勝手に作っているので、誰からもなにも言われていない。




