170話
「虹……」
そこまでは辿り着かなかったジェイド。だが、
『なにか』
この瞬間に思いついた、ような気がする。
「雨と虹。正反対ではありますが、雨が降らないと空に虹は見えないですから。さらに、今はもう空にいるチャップリンですが、いまだに我々の視線を浴びているような気がして」
クロエの独自の解釈。今なお愛される喜劇王という存在感。彼のカリスマ性が、みなの想像の純度を引き上げている。
(正反対……)
ここにも『なにか』ある。せっかくショコラを作ってきてくれたクロエに悪いと思いつつも、ジェイドは自身の思考を優先する。もっと深く。鋭く。広く。埋まったお宝に指が触れた感覚がある。
一応クロエも生徒。ということは弟子。ワンディとしては、勝手に育っていくのが逞しくもあり、切なくもある。
「だから虹。非常に簡単に作れる。誰もが楽しめる、どこからも誰からも輝いて見える彼を表しているようだ」
ホースから水を放てばすぐ会える、そんな親しみのある七色の彼。時代を超えて我々を楽しませてくれる。
少しずつまとまりつつあるジェイド。ショコラを口にすると、ほのかに甘く、優しい、それでいてしっかりと食べ応えのある重さ。
「スイスといえばミルク……あっさりとしつつも、コクがあって後味はクリーミー。味もスイスに寄せていますね」
普通に売ってほしい。フランスやドイツのような、ガツンとくる衝撃ではなく、少しずつ波紋のように広がるスイス独特の余韻。ロッキングチェアで揺れながら食べたい。
「はい。広大な牧草地で育った乳牛のミルクは、非常にスッキリとしているのが特徴です」
ミルクショコラに適した土地、脂肪球の大きさなども関係しているのかもしれない。クロエが自信を持ってお届けできる組み合わせだ。
「たしかに。いくらでもいけるね。さすがスイス。酒に合いそう。で? どう?」
もうなんでもありなワンディではあるが、しっかりと捉えている。目線を移す。
その先にはゆったりとショコラを味わうジェイド。舌の上で転がる甘い虹。溶かしながらその問いに返す言の葉。
「これ、持ち帰りもらえます?」




