169話
ショコラというと、流行の最先端フランス、本場ベルギーなどがあるが、スイスという国は非常に大きな変化と転換点を与えた、と言っていい場所になる。ミルクショコラはこの国で生まれたこともそのひとつだ。
「そしてスイスといえば、チャップリンが最後を迎えた場所でもある……」
ジェイドもそこを考慮に入れたショコラを作成した。その結果が桜。彼の邸宅からヒントを得た。
ヒョイっとショコラを口に運ぼうとしたワンディは、直前でさらにとある変化に気づく。
「……それにこれは……虹色に輝いてる?」
「虹?」
言われてジェイドもライトにかざす。すると、確かに割れたショコラが発光している。なぜ?
「はい、これを使いました」
カバンからさらに一枚、薄い紙のようなものをクロエは取り出した。
手に持って確かめるワンディは、納得、という表情で頷く。
「これは…… グレーティングシート」
煌びやかに反射し、目に入り込む虹色の光。別名、回折格子シートとも呼ばれ、一センチあたり約二五〇〇もの細かい筋が十字に引かれている透明なフィルム。光の干渉と回折により白い光は虹色に変化する。
ショコラティエールとして『スイス』『虹色』というワードから、ジェイドはある共通点に気づく。
「……そうか、それは思いつきませんでした」
両者理解しているようではあるが、一応確認の意味も込めてクロエは軽くおさらい。
「光というものは様々な色の波長でできているわけですが、それを読み取るためのシートです。この上で普段通りショコラを作ると、シート面が転写されてこうなります。まぁ、味に変化はないんですけどね」
「スイスはショコラを語る上では外せない国だからね。面白い実験もここから始まる」
ワンディが注釈を挟んで、会話を進める。スイスという国の本質とは。
ショコラを作る際に、滑らかな口溶けを可能としているのは、長時間カカオを挽き続ける『コンチング』である。一八七九年、偶然ショコラを練り上げる機械のスイッチをオフにし忘れたリンツという人物が、翌日確かめてみると非常に舌触りのいいショコラになっていることに気づいた、という逸話がある。
ちなみにその人物こそが、スイスの老舗ショコラブランド『リンツ』の創業者でもあったりする。
その後、時は流れまたもスイスから新しい試みが始まることになる。クロエは今回の主役であるシートを絡めて、ショコラの世界を広げてゆく。
「そしてその精神は受け継がれ、二一世紀になるとたまたまコーヒーブレイク中の雑談がきっかけで、ショコラの表面にナノレベルの溝を刻み込み、虹色に輝くショコラを作った」
そして、その彩りという観点は日本などにも波及し、派生し、味以外にも可能性を見せつける結果となった。
「それ以外にも、食べられるホログラム、なんてのもありますね。乗せるだけで映えるし、楽しい」
SNSに映える、という過去にはなかった衝撃。ネットで見ただけではあるジェイドだが、心躍ったのを覚えている。
ショコラの未来。こういった談義も楽しい。クロエからしたら、さらにハマる要因が増えた。
「なんにせよ、ショコラは無限に色を表現できるようになりました。そしてこの虹色をしたショコラが、私にとってのチャップリンです」
『スマイル』のショコラとはかなり違いがあるが、これはこれで彼を象徴することができている、と確信。
しかしひとつ腑に落ちないこと。ジェイドには引っかかっている。
「……虹とチャップリン、どういう繋がりが……」
出演作にあったか? 夕立ち、というのはあったが、それだろうか? 答えは出ない。
そこに上司らしくワンディが滑り込んでくる。
「チャップリンにはね、たくさん名言があるんだが、そのひとつが『下を向いていたら、虹は見えない』。喜劇王の彼が言うとさらに重く響く」
数多く残る彼の名言。その中でも一際有名なこの言葉は、自己啓発として最上の価値がある。いつもワンディの胸にしまってある金言。




