167話
ルビーショコラの下には、まるで本物の木のような造形物。これもショコラからできている。艶が出るように、エアブラシでカカオバターに色粉を溶かしたものを吹きかけてた、世界大会では必須となるテクニック。
「……これが、モデラージュ」
たしかにそこまで難しいものではない。基本中の基本、と言ってもいいかもしれない。だが、それゆえに他の人と差を生み出すのが難しい部分でもある。それをここまでリアルに再現するか……と感心と同時に、大量生産に向かないなと現実をクロエは見る。
「はい、見様見真似で。練習中です」
まじまじと見られると、ジェイドとしても少し恥ずかしい。最近は、ただ艶があり美しいよりも、傷や剥がれなどの部分も出せるように試行錯誤中。
とはいえ、ここだけならば世界大会の予選でもいけそうな出来栄え。素直にクロエは凄みを感じる。
「そんなことありません、本物のような質感。素晴らしいです」
帰ったら練習してみよう。そう思わされるのに充分。
一応、欠かさずに続けてきたことで、ジェイドにも自信はついてきている。木目にはちょっとうるさい。
「ありがとうございます、難しいところもないので、一日練習すればたぶんすぐできますよ」
独学なのであまりオススメはしないが、必要とあらば教えるつもりでもある。
そしてさらにクロエの興味は肝心のショコラへ。ひと粒つまんで口の中へ。
「……うん、ルビーの酸味とビターの苦味。混ざり合ってすごく美味しいです。本当に」
口溶けの滑らかさは丁寧な仕事の成果。お互いに引き立て合い、これだけでも売ってほしいと思えるほど。まだ製菓学校などにも通ったことがないというのだから驚きだ。
「ありがとうございます」
とりあえずひと安心のジェイド。お世辞かもしれないが、この前のお邪魔してしまったぶんも少しは取り返せたかもしれない。
そして準備体操を終えたところで、ひとり蚊帳の外だったワンディが本題を切り出す。
「で、今日はどうしたん? もしかしていいリキュールが——」
「違います」
相変わらず酒のことから離れられない発言を、クロエは断ち切る。だったら来ないっての。
あからさまに不満という表情を隠そうとしないワンディ。やる気は半減。帰ろうかな。
ひとつ咳払いをして場を正すクロエは、手持ちのカバンから包みを取り出す。
「チャップリンをイメージしたショコラと聞いて面白そうだったので、私も作ってみました。よろしければ感想をいただけたらなと」
そう言葉を添えながら、そのショコラを差し出す。カルトナージュなどはもちろんない。簡素に仕上げられたひと品。




