166話
「今日はありがとうございます。営業終了後に」
とある日の二〇時。『WXY』は閉店時間となり、キッチンでは明日の仕込みなどをしている時間帯。フロアの清掃を行うジェイドの元に、クロエが到着する。この時間帯はすでに凍るように寒いが、中に入りカフェスペース奥の壁沿いのソファ席に移動すると、コートを脱いで横に置く。
向かいのイスに座りながら、ホットショコラをテーブルに差し出すワンディ。自分のぶんはちょっとだけ多め。
「いやいや。私らもこの前行ってるからね。おあいこだよ」
「……にしては私のぶんのリキュールまで飲まれてますけど」
カップ一杯の飲料を先日のダイキリ他と同等に置かれていることに、少々首を傾げるクロエだが、まぁ言っても無駄なので軽くジャブを放つ程度。キーラといい、姉妹なのでは? と思うほどに似ている。
「あんな美味しいもの、置いておくほうが悪い」
特に悪びれる様子もなくワンディは人のせいにする。なぜ酒を飲むのか? そこに酒があるから。
そこにジェイドがひとつ、五角形の物体を手に座席まで到着。ワンディの横のイスに座る。
「それで、これがお伝えしていたものになります」
そう紹介しながらカルトナージュの筒を開くと、花が開きその中心には三粒のルビーショコラ。中にはビター入り。
演出に一瞬のけぞるクロエ。聞いていた通り、いや、それ以上にオシャレ。華やか。
「これが……チャップリン……」
「正確にはチャップリンの『スマイル』という曲です……売れませんでしたけど……」
ジトっとした目でジェイドは隣を睨む。せっかく色々用意したのに。
自分用のホットショコラ、実は量以外にも甘さも増し増しにしてある、を飲みながらワンディは厳しい現実を教える。
「確認を取らなかったほうが悪い。私はオーナーに推薦してあげる、とだけ言った」
チャップリン財団にケンカ売るようなことはできません、と場を鎮めただけ。結果まで責任は持たない。
そんなことはクロエにはどうでもいい。いちショコラティエールとして、内部事情よりも気になるのはショコラ。
「これ、触ってみてもいいですか?」
一応確認をとる。
今日はこの前のお詫びも兼ねて、ここに来てもらっている。ジェイドは肯定。
「どうぞ。中のショコラも一緒に食べてみてください」
カカオに元から含まれている色素を引き出す技術。それを駆使したルビーショコラ。ショコラを使った装飾技能モデラージュ。そして、フランスの装飾芸能カルトナージュ。様々な技法を駆使し、制作された『スマイル』。




