162話
と、ヒントを与えたところで、なにかに気づいたオードが声を上げる。
「——! そっか、ボビンレース! 一八世紀のヨーロッパでは、貴族は女性だけじゃなくて男性もレースを服に取り入れていた、つまりそれが——」
「『富の象徴』。そしてこの二種類のレースフラワー。ブルーレースのほうは別名『ドクゼリモドキ』。猛毒を含むドクゼリに似ているところからきている」
怖い情報を取り入れつつ、リオネルはもうひとつのレースの花を、より詳しく説明。少し丸く膨らんだような形の花。
「毒……幸せには、毒がある……?」
なんだろう。なにかを皮肉っているような。オードの胸がザワつく。
「そして緑を補ってくれているのがフェンネル。甘くてスパイシーで、それでいて苦味のある香りのライトイエローの花。そんなこの子の花言葉は……『背伸びした恋』」
言葉にならない想いを伝えてくれる花言葉。フェンネルのそれをリオネルは少しだけ溜めて教授。
背伸び……その単語にオードは反応する。
「……ホリーは、一四歳で結婚してるん、でしたっけ。考えられませんね」
苦く、苦しく。ひと言で言い表すことなんて、いや、他の誰にも無理。彼女にしか口にすることのできない辛い理由。明るく華やかな部分の影。自分よりもかなり下の年齢で。
重く湿った雰囲気の中、ポケットからリオネルはひとつあるものを取り出し、テーブルに置く。
「そしてそれを入れるのは、これ」
と、花瓶の代わりになるもの。コトッ、と乾いた音を奏でる。
そこに存在するもの。とても安価で手に入り、花を活ける際に使うとは思えない。オードは目を見開く。
「これって……紙コップ?」
自分の人生で、この形をしたもの、そして素材のものはそう呼んできた。なんだったら今日も使った。
予想を裏切る驚きを見るのは気持ちいい、とリオネルは悪どく破顔する。
「そう。ティファニーの店の前で紙コップのコーヒーとデニッシュ。彼女にはこれが似合っている」
映画のタイトルにもなっている朝食。とてもシンプルで、歩きながらでも食べることができて、そこらじゅうで手に入る朝食。紙コップが今回の助演。
これ……になにか細工が? と手に取りオードは観察する。
「……普通の白い紙コップ……」
が、なにもない。ホットコーヒーがよく入っているのを街中で見かける、簡素なやつ。
「驚いた? ま、普通はないよね、こういうの。ここにもあるように、花瓶なりバスケットなりが一般的だ。だがそれはこちらが決めたルール。花からしたら、知ったことではない」
ここ、とリオネルが表現するのは店内。たしかに、凝ったものはあまりなく、あくまで展示用・趣味用ということもあってか、花器は普通。紙コップなんてない。
全くわからない。だが、これで準備は整ったはず。あとは……期待にオードは胸を膨らませる。
「……となると、メインとなる花は……」




