159話
自身のカップをテーブルに置きつつ、リオネルは話題を本筋へ戻す。
「で、だいたいここに来る人は悩みがある、というか、悩みのない人なんかほぼいないけど。誰かの紹介で来る、とか。えっと……名前は——」
「オード・シュヴァリエです。悩み……あるっちゃありますけど、相談する場所を間違えているかも、と思って」
自己紹介を忘れていたことを思い出し、慌てるオード。そして訪ねてきてなんだが、やはり迷いが勝つ。イスに座って。コーヒーまでいただいたが、まだ引き返せる。
そんな複雑な心境に寄り添うリオネル。なんとなく、言いたいことも考えていることも、長いことこの仕事をやっているとわかってくる。
「場所とか職業は間違えてるかもだけど、結局はみんな人だから。大枠で言えば間違っていない。聞くだけは聞いておこう。待ってるだけも暇だし」
それに面白いほうが好きだし。久しぶりだけど、まぁなんとかなるだろう。
そこまで言われると、逆に話さないのは失礼にあたるとオードは考えた。ぽつり、ぽつり、ゆったりと語を紡ぐ。
「……いいのかな……じゃあ……一応聞きますけど、オードリー……ヘプバーン」
俯きつつ、少し上目で探る。変な顔、されてないかな。されていたら、ここで話をすり替えよう。
が、屈託なくリオネルは首を縦に振る。
「うん、いるね。ベルギーの大女優。みたいになりたい?」
「いや、そうじゃなくて……あっ、そうだッ! もしお客さんから『オードリー・ヘプバーンをイメージしたアレンジメント』って言われたら、どんな風に作りますか?」
花を使いつつ、アイディアをもらう方法をオードは思いついた。これならば多少は許されるであろう、婉曲した提案。うん、変じゃない。我ながらよくできました。それに、これはこれでどんなアレンジメントになるのか、気になる。
しかし、迷うことなくルオネルは断言。
「逃げる」
「えっ」
予想外の答えすぎて、さすがにオードも面を食らった。逃げる? 逃げるって言った? M.O.Fが?
「そんな大女優、わたくしめが表現するなんておこがましい、って言ってなんとか帰ってもらう。俺は神だが、神でもできないことはある」
偉そうにしているが内容は薄い。
自分の中のM.O.F像に少しずつヒビが入り始めたオード。顔がピクピクと引き攣る。
「……なにそれ」
自信を持って言うことではない。この人……偽物? そっくりさん? そんな疑いまでかけてしまう始末。
とはいえ、自分の店だったらそれで済ませるかもしれないが、ここは〈Sonora〉。ルールに従うと決めてしまったのはリオネル自身。
「できないものはできない……って言いたいところだけど、娘達ならなんとかしちゃいそうだから、悔しいから考える」
うんうん唸りながら、往年の名女優の顔を思い浮かべる。ショートもいいけどロングも捨てがたい。




