156話
そんなリオネルの内心を読むことなどできないオード。一気に緊張が増す。会いに行こうとして会えたわけではないので、心の準備ができていなかった。
「あの、なんで、ここに……」
もう一度、店のステーを見てみても、彼の店である〈クレ・デュ・パラディ〉ではない。天の鍵、という意味らしいが、やはりそこには〈Sonora〉と書いてある。
戸惑うオードと店の両方を交互に見やったリオネルは、合点がいったという風に手を一度叩いた。
「ここは俺の娘がやってる店だからね。今いないけど。色々あって、俺は留守番中」
M.O.F様をこんな風に使うなんて贅沢、とブツブツと文句を聞かされるが、それよりもオードには伝えるべきことが。
「……! あの、そうだッ! 以前、お店のほうに伺わせていただいたのですが——」
と、カルトナージュを売り込みに行ったこと。そうしたら店の者はおらず、同級生でここで働いているベル・グランヴァルがなぜかいて話したことなど、細かに過去の出来事を一気に捲し立てた。そこでようやく、そういえばこの店はリオネルと繋がりがあったのか、と納得。
「え、ほんとに? そりゃ悪いことしちゃったね、うん、あったね。そういえば。お店でありがたく使わせてもらってるよ」
なんかそんな話もあった、とリオネルは思い出す。まだつい最近。ちなみにカルトナージュはインテリアとして飾らせてもらった。
とりあえず爪痕は残せていた、ということを確認でき、心臓の早さに呼応するようにオードの言葉も早口に。
「あ、はい、ありがとう、ございます……」
かと思いきや尻すぼみに弱くなったり。まだ脳が追いついていない。どういう風に話せばいいの? M.O.Fというものは職人としての憧れであり、職種は違えど尊敬しかない。落ち着け、というのは今は無理。
数秒、言葉に詰まり、お互いに無言。道行く人々の話し声や、石畳のコツコツという音、車の走り去る音、それらが場を支配。
それを打破すべく口火を切ったのはリオネル。店の前で話すよりも、ゆったりと話を聞こう。
「……とりあえず入る? アイツらが帰ってくるまでもう少しかかるし」
思いがけず仕事することになるかも、と迷いながらも中へ案内。ベルの友人なら追い返すのも申し訳ないし。
迷ったのはオードも同じだが、断るのもなんだか申し訳ない。というより、誰かに頼ろうと思ってここまで来た。とんでもない大物を釣ってしまったようだが。
「……お願いします」
一歩一歩、じっくりと開け放たれたドアをくぐる。中に入るとオスモカラーの床、棚いっぱいのアレンジメント、無造作に置かれたバケツの切り花。どれも計算し尽くしたような美と色の衝撃が襲う。外見からは想像もつかないほど、別世界のように感じる。




