147話
「奢ってないからね。ちゃんと返しなさいよ」
なにもかも忘れてピスタチオ脳になっている人に、現実を突きつけるオード。まぁ……給料日あとでいいけど……と、期限は設定しない。
その後すぐに到着。アンバサドゥール公園。シャンゼリゼ通りに面しているというのに、穴場で知られる場所だ。観光客もあまりおらず、地元民もこぞって集まるわけでもない。低めの柵で仕切られた芝生の木々と歩道。ベンチが多く備え付けられており、軽いランニングで汗を流す人々を見ながら二人は座る。
「で、これにどうすんの? かけるだけ?」
気温は低くなってきているとはいえ、当然少しずつ溶けてきているカップに入ったグラス。オードは急かすが、その前にバニラそのものの味を。うん、美味しい。いや、これでよくない? むしろ変えたくない。
ヒョイっとスプーンでバニラを掬い、ジェイドも味を確かめる。そして瓶を開ける。
「で、これを乗っけて食べてみると——」
「いや、なにサラッと食べてんの」
危うく見逃しかけたオード。あまりにも自然すぎて。油断も隙もない。
そんなことは置いといて、バニラ味も堪能したジェイドはグラスに少量、カカオジャンをかけて勧める。
「さぁ、どうぞ。感想もぜひ」
色合いはカカオと醤油なので褐色。バニラの白とコントラストが美しい。店でやったら追い出されていたかもしれない。
おそるおそる口に運ぶオード。食べた瞬間は少し眉を寄せていたが、味わってみると案外。
「……うん、カカオの苦味とソジャのコク、みたいな。アリ、かな」
好感触。味がより複雑になって、楽しいものになる。おかわりしてみるが、たしかにバニラだけとはまた違った良さ。これ、オプションとして出せばいいのに。
オードがプレーンな味と比べていると、ガサゴソとジェイドがリュックを漁り、またも瓶を取り出す。
「で、こっちの粒タイプのもかけてみると……」
「いや、まだあんの?」
まぁ、もらうけど。いや、カカオジャンって何種類あんのよ、とオードは家に帰ったら探ってみることを誓う。
カカオジャンに使われている醤油は、発酵食品同士なら掛け合わせることができるのでは? という考えから生まれた。これ自体に甘さはなく、風味をプラスする役割。醤油とはまた違った使い方ができ、全く新しい調味料となっている。
「こっちはザクザクとした、クランチのような食感が楽しめる。この辺は好みだね」
ペーストと粒、二種類存在するため、使い勝手もいい。魚料理や肉料理にも合うが、グラスにも合うのでは? とジェイドは密かに考えていた。




