143話
早速目の前に依頼人が現れた。ジェイドは観察する。
「ほぅ。というと?」
思いがけぬ形での再出発。一度大きく見開いた目が鋭くなる。
オードの悩みは一貫している。
「全然大きい仕事がこないのよねー。なんとかならない? できれば継続的に」
もちろん、実家でありカルトナージュ専門店でもある『ディズヌフ』は、それなりにやってはいける程度に稼ぎはある。手芸教室もあるし、観光客用のコースも。安定で安泰。フランスの伝統工芸はそう簡単には衰退しない。
だが、衰退しないだけで、もっと表舞台に出たい。手芸は地味? そんなことはない。フランスでは世界から手芸で留学してくる人も多い。レギュイユ・オン・フェットのように、愛好家が数万人規模で集合し、数百の企業が出展する祭典もある。ならば、その先端に自分が。という妄想。
今までに何度も聞いてきたことなので、ある程度予想はできた。「ふむ」と考え込んでジェイドは答えを出す。
「道の向こうにグラシエがあるのはわかる? 有名なところなんだけど」
と、通り過ぎる車の群れの向こうの通り。高級なブティックなどが軒を連ねる一等地。石造りの建物の一階、一軒のアイスクリームショップ。フランスでは『グラシエ』と呼び、アイスクリームは『グラス』となる。
並木に多少邪魔されつつも、凝視するオードの目に飛び込む青白赤。よく知る国旗と一緒のカラーリングが縦に塗られている。
「あー、あるわね。なんだっけ、聞いたことあるかも」
シャンゼリゼ通りでやっていけるほどの売上を出せているんだから、それなりにすごいところなんだろうけど。
腕を組んで仁王立ちするジェイドは、詳しくその店の情報を補足する。
「『グラスリー トロワ』。イートインできるカフェエリアと、小窓からテイクアウトのどちらでも選べる。店の名前からしても、フランスを背負って立つという意気込みを感じるね」
うんうん、と誇らしげに頷く。トロワの意味は『三』。三色。フランスの象徴、と言っちゃうその強気。好きだ。
それとは正反対に、腑に落ちないオードの気力は落ちていく。どうせロクなことではないだろう。
「はぁ。で? グラスと悩みと、どんな関係が?」
「まぁまぁ。とりあえず行ってみよう」
逸る気持ちを抑え、横断歩道を先んじて渡るジェイド。ごった返す人々を軽やかに避けていく。まるでワルツでも踊っているかのように。
「……なんなのよ、もう」
別に悩みがある、とか言わなきゃよかった。また厄介なことに巻き込まれなければいいけど、とオードは後悔しだした。渡る足も重い。




