137話
縦二七四センチ、横一五二・五センチ、高さ七六センチ。木製の板上を目まぐるしく行き交うオレンジ色。プロともなると速度は時速一二〇キロを超える。
相手のスマッシュがくる。反応し、バックハンドで垂直気味にラケットを振り下ろす。すると相手コートで低くバウンド。ドライブで返されるが、それを今度は横方向に切る。曲がりながら飛んでいくと、バウンドし、さらにそこから急激に変化。相手は対応できず、ラケットをすり抜けた。
得点し、拳を突き上げる。
「サァァァッ!」
「いや、どこ目指してんの?」
冷静にポーレット・バルドーは友人の現在の立ち位置を確認。ジェイド・カスターニュ。ベルギー出身。ショコラティエール志望。今はスポーツの授業。学園内のスポーツ施設で卓球。したら、とんでもない回転をかけて返球してくる。取れるか。
「なに、新しい技を覚えたから、つい、ね。だがまだ甘い。最初のナックルカットをまともに返されてしまったからね。あそこで有利になる予定だった」
「いやだからどこ目指してんの?」
なにやら専門用語が飛び出すジェイドに対して、ポーレットがまわりを見渡すと、広い施設内でみなが興じている卓球は、山なりでラリーしながらキャッキャと盛り上がっている程度。なんでここだけ曲がりながら返ってくる?
軽くボールをバウンドさせながら、ジェイドは次の動作に移る。
「卓球はテニスが祖先なわけだが、なぜ最初に打ち込むことを『サーブ』というのか知っているかい? これは元々、召使い、つまりサービスがボールを投げ込んでから始めていたところからきている、というのは有名な話だね」
さも当然の知識のように。
だが、テニスにも卓球にも関わりが薄く生きてきたポーレットにとって初耳であり、たぶんすぐ忘れる。
「ショコラティエール目指してたんじゃなかったっけ? 卓球に変えたの?」
一応、構えは取るが、ちゃんとしたラリーになったら誰か褒めてくれ。
ふふん、と鼻で笑い否定するジェイド。
「絶賛ショコラティエール目指して特訓中だよ。でも焦るのはやめた。カカオが生まれてから数千年、今更私が慌てたところでそんなに変わらない。なら、できることをやっていこうと決めた。新作は、運良く考えつくくらいがちょうどいい」
そうしたら運良く卓球の腕も上がった。なんだろう、テンパリングで混ぜているのがいい影響を及ぼしているのかな?
元から悩んでいたような気は全くしないが、本人が言うならそれでいいか、とポーレットも納得。
「まぁ、あたしが言えることなんてなにも——」
「隙あり」
卓上から相手が目を離した瞬間を狙い、クイックモーションからのサーブを決めるジェイド。特に点数を定めていなかったが、相当に差は開いている。
「……」
呆気に取られ、飛んでいったボールを目で追いかけるポーレットだが、視線を戻す。
すると「やれやれ」と落胆しながらジェイドからのありがたいご高説。
「油断は感心しないね。追い詰められたネズミは猫を噛む。ここは戦場だ、卓球で集中を欠いていたから、背後から刺されました、なんて死んでも死にきれないだろ?」
「あるか、んな状況」
やっぱり納得いかずボールを拾いに走りながら、あれこれと考えるポーレット。次は違うスポーツがいい。できれば接触がなくて危なくないもの。モルックとか。




