135話
「……今でもまだ新人ですが。《ウチの新人が作りました》って表記します。値段は私が決めて、交渉にも応じます」
クロエは過去を回想した。そうすることで、新人の日記のように、だんだんと上手になっていく過程が楽しめる。お客としても、娘の成長を見ているようで心が温まる。のかもしれない。
言っていることはわかる。しかし納得はできないのがジェイド。
「……でもなんで、そんなことを」
なんのために。こんな立派なケースやお店で。
その答え。このお店の方針にもなるのか、クロエの口から語られる。
「そうしたものでしか、味わうことができないものがあるんだそうです。成功も失敗も、勝手にこちらが決めているだけ。それぞれの味のするショコラですから」
焼きすぎて苦いショコラ。逆に焼きが甘くフニャフニャとしたショコラ。口内の温度で溶けないショコラ。全て、どこかに好きだという人がいるはず。なら、バリエーションとして店に売り出す。均一化されない、なにが出てくるかわからない、楽しい不安定。まるで気まぐれに道を変える『散歩』のように。
「成功も失敗も……」
正直、その考えはなかった。美味しく、気に入ってもらえるように作るべき。お金を対価としていただく以上、間違えてはいけないと。それは正しいはず。だが、舌など人によって違うのだから、もっと柔軟に対応すべきなのかもしれない。ジェイドは改める。
そしてさらにクロエは情報を共有する。
「ジェイドさんは『ネグローニ・ズバリアート』という名前のカクテルをご存知ですか?」
シェーカーを見ていたら思い出した。こんな話もある、と。
唐突に話が変わり、頭を切り替えるがジェイドには聞き覚えもない。
「いえ、そのカクテルがなにか?」
味の想像もできない名前。強そう、そんなイメージだけ。
お酒、と思い出たようにクロエはレジのほうを見る。二人はそれぞれの好みの味を見つけたようだ。よかったよかった。
「ネグローニというカクテルが元々あったのですが、そこから派生した『ズバリアート』。今では本家『ネグローニ』よりも人気があるほどなのですが、実はこれ、失敗から生まれたカクテルなんです」
向き直り、より詳しく紹介。最初に知った時は自身も驚いた。
「失敗? 本家よりも人気があるのに、ですか?」
またも面白そうな話。ジェイドは食いつく。タメになることばかりだ。
説明しがいがあり、楽しくなってきたのはクロエも一緒。将来は教える側になれたらいいな。
「はい。本来使うはずのジンを、スプマンテというスパークリングワインと間違えて入れたことで生まれました。『ズバリアート』とは『間違う』という意味です」
なにが起こるかわからない。なら、無限にある可能性をひとつひとつ試してみる。終わりはない。まだカカオが食べられるようになって数千年程度しか経っていない。そしてここ数百年の進化。どんどん新しいものが生み出されていくのだから。




