132話
閉店時間におしかけたにも関わらず、オリジナルのショコラメニューを振る舞ってくれる。感謝しつつも、首を傾げるジェイド。
「……なぜ、こんなに色々としてくれるんですか?」
店長同士が友人だから、とまとめるにはいささか強引だ。弱みでも握られているのだろうか。
シェーカーに氷を入れながら答えるクロエ。元の無表情に戻ってしまった。
「……特に理由はありません。強いて言うなら、食べてもらって感想を聞かせてもらえるから、ですかね」
冷淡だが、少し熱量もある。美味しい、と言ってもらえたら嬉しい。
「でも、アイディアとか他店にバレてしまってもいいんですか? 最初は懐疑的でしたけど……」
今回のダイキリもそう。ワンディならやりかねない、明日には何食わぬ顔で新作と打ち出している可能性を、ジェイドは否定できない。
その点については覚悟しているクロエ。しかし仕掛けもある。
「よくはないです。でも、ほんの少しだけカカオの含有率や、産地を変えるだけでも全く違うものになります。ショコラの面白いところです。なら、他の店舗でどう進化していくか、見てみたい気持ちもあります」
ショコラ界全体、というと壮大すぎることはわかっている。だが、それがきっかけでなにか、面白い流れになったら、自分に返ってくる。ならば問題ない、と割り切っている。
一歩も二歩も引いて俯瞰する彼女に対して、感嘆するしかないジェイド。
「……すごいですね、私はそんな余裕、持ってませんでした」
真似されたらどうしよう、ではなく、真似された後のショコラの発展を楽しむ。もうすでに誰かが踏み入ってレールを敷いているかもしれないが、新しい景色が見えるかもしれない。一点しか見えていなかった自分が恥ずかしい。
だが、手を動かしながらもクロエは否定。砂糖をシェーカーに。
「余裕があるわけではありません。カカオについて、ショコラについて、もっと知りたいだけです。この店のオーナーに教えていただくうちに、奥深さを知ることができました」
このメニューもそう。店にはないが、作ってはいけないというルールはない。店員達だけの特権。感想をもらえるならさらにありがたい。知識が増える。
オーナー、という単語に飛びつくジェイド。少しだけワンディから聞いている。
「メートル・ショコラティエの方ですね。いつかお話ししてみたいです」
そこになにかヒントがあるかもしれない。ピアノの調律からだってショコラのヒントがあったくらいだ。より高度な知恵を貸してもらえる説が濃厚。
しかしクロエは少々呆れた表情に変化する。
「よく二日酔いになっているので、できるかはわかりませんが」
ダイキリの酒も彼のもの。だからこそできたレシピではあるが。




