128話
「私はあります。なにを買ったかは覚えていませんが」
ここでエディットが初めて自発的に発言した。黙っていると変な疑いをかけられる。たしかプラリネを買ったような曖昧な記憶。いつも通り感を出そう。
「ここのオーナーはメートル・ショコラティエなんだ。だから、カカオ豆の産地別セットなんてものも売ってる。面白いよね」
食べ比べてみたいね、とワンディは思いを馳せる。
メートル・ショコラティエとは、原料のショコラを独自にブレンドさせる職人のこと。カカオ豆の絶妙な配合率により、苦味や酸味、香りやフルーティさなどを操るスペシャリスト。あまりパリにもいないため、希少な存在。
そうこうしているうちに、クロエが戻ってくる。手にはなにやら機械とグラス。そしてストロー。レジに置いて準備完了。
「これは……ミキサー、ですか?」
小さな体で抱えて持って来た機械。ガラス製の容器で、中にはすでに様々な液体などが入れられている。ジェイドは覗き込むが、なんの変哲もない。
少し息を切らしながらクロエは首肯する。
「はい。作り方は非常に簡単です。ホワイトラム、モーツァルトブラック、ライムジュース、マラスキーノ、シロップ、クラッシュドアイスを適量ミキサーに入れて、グラスに盛り付けるだけ」
すでに入っていたものは、酒やジュース、糖液などと氷。あとは攪拌するのみという状態。ウィィィィィという音をたて混ざり合うと、シャーベット状に形を変える。それを取り出し、カクテルグラスに注いだ。
「どうぞ、チョコレート・ダイキリです」
スッ、とレジ上でグラスを差し出すクロエ。イスなんてものはないので、飲む側も立ったままだが、バーテンダーのように振る舞う。
チョコレート・ダイキリ。キューバのダイキリ鉱山というところで生まれた、ラム酒にライムを絞り、砂糖と氷を加えたカクテル。氷を増やせばフローズンとして、ストローで吸うものになる。そして時が経ち、進化を続けた結果、様々なダイキリが生まれた。
そのひとつがチョコレート・ダイキリ。モーツァルトブラックというチョコレートリキュールを足し、ビターに仕上げると、甘酸っぱいカクテルの出来上がり。
それを目の前にしたエディットは小さく呟く。
「……フローズンカクテル」
グラスの中の琥珀色のシャーベット。アルコール度数は二〇度ほど。お酒は……好き。飲んで……いいのかな。
どうしようかと迷っているエディットを、クロエは促す。
「食べ慣れているショコラではなく、少し奇を衒ったほうがいいかと思いまして」
ここで売られているショコラにはどれも自信はあるが、あえて見慣れないものを出すことで注目を集める。どんな味なのだろう、予想がつかないほうが集中が増す。




