125話
だが、その厳しい言葉もワンディはヒラリと躱す。
「そんな冷たくしないでよ。キーラはいる? 頼みごとをしたいんだけど」
「? 今日は休みですよ? 連絡とかしたんですか?」
一日を通して不在。その女性は再度清掃に戻る。キュッ、という布とガラスの摩擦音が店内に響いた。
ギョっとした表情を浮かべたワンディだが、たしかに、と手を叩いた。
「それがねぇ……していないんだよ。まいったねぇ、ウチの困ったちゃん達を連れてきたはいいものの、キーラがいないんであれば……」
チラッと二人を見る。
見られても困るが、少し助かったかも、とジェイドは結論を導いた。友人はいない、今は掃除中。ならば。
「帰りましょうか、仕事のお邪魔になっても悪いですし」
最初から乗り気ではなかった。それよりも、新作ショコラのことを考えたい。オードリー・ヘプバーン。映画館でレイトショーでもやっていれば。
しかしそれでもワンディは食い下がる。ここまで来て手ぶらで帰るのもなんだ、アレだし。
「ならクロエに聞きたい。なにか新作ショコラで考えてるものとかある? こっちのジェイドが、色々作ってみてるんだけど、思い浮かばないらしくて」
と、アイディアの強奪を決行する。真正面から。一歩ずつ近づき、クロエと呼ばれた女性の目の前へ。
「……本気で言ってます?」
眉を歪めてクロエは訝しむ。なにを言っているんだろう、この人は。
だが、その光景に一番緊張している者がいる。
「……いや、おかしいでしょ……」
たしかにアイディアの参考になるものがあれば欲しいし、思いつかないのもジェイドには事実。だが、自身の店長のやっていることのリスクが高い。色々とアウトな気がする。
またも手を止めるクロエ。ワンディよりかなり背が低い。頭ひとつは小さいため、見上げる形で却下する。
「言うわけないですね。なんでむざむざヒントなんか。自分で考えつくから意味があるんでしょう」
それも同じ区のお客さんを取り合う仲で。仲間と言っても、やはりライバルというほうが当然近い。売上の貢献になるような真似は、この店に対する裏切りにもなる。
ピン、と張り詰めて空気の中、悪い笑みがニタリ。
「その言い方は、なにかあるんだね。一個! 一個でいいんだ。そこから殻を破るかもしれないし」
噛み砕いて言葉を理解した結果、ワンディにはそう聞こえた。一番高いヤツ買って帰るから! と、金額で釣ろうとする。




