124話
二、三歩歩いたあと、足を止めるエディット。
「……いやいや、そんな風に見えます? 普通ですって」
ほら、と両手を広げて開放感をアピール。ほら、ともう一度。
だが、それでもワンディの疑念を抱く。その目には無理しているように映った。
「嫌なこと、その九割くらいはご飯を食べて寝れば忘れる。一割はそれを二回繰り返せば忘れる。残りの一割は——」
「残ってないです。一〇割超えてます」
計算が合わなくなったジェイドは、すかさずワンディを止める。どこまで本気なのか、この人物は読めない。
ん? と首を傾げて上を見上げるワンディは、うん、となにか合点がいったのか頷く。
「そう? まぁ、あいつに話を聞いてもらって、ショコラを食べればなんとかなる。ショコラは薬だったんだからね」
万能薬である。なんだったら、口に含んで傷口に吹きかけてもいい。熱が出たら、固めたショコラを首に巻いてもいい。お腹が減ったら食べればいい。ね? 万能でしょ?
そんなめちゃくちゃなまとめ方をしているうちに、目的地に到着。同じ七区、そんなに時間のかかるところでもない。
老舗や新規参入の多い激戦区。そこで中堅クラスの規模を誇るショコラトリー『プロムナード』。散歩道、を意味する通り、高級感よりも気軽さ。毎日でも食べたくなるような、寄りたくなるようなお店がコンセプトだ。
白と黒のショコラをイメージしたチェッカーチェックの床。ゆとりがあり、広々とした店内。ダウンライトには電球色を使っているため、温もりが溢れる。壁や柱まで白やアイボリーカラーで統一され、心も晴れやかに買い物を楽しめる。
ボンボンショコラのショーケース。見本と、箱に詰められた販売用。芸術的な模様のサンプル用。当然試食用もあり、並べ方ひとつで、ボンボンだけで色々な顔を見せることができる。可能性はまだまだある。溢れている。
そしてカラフルなショーケースも。パート・ド・フリュイ。フルーツ生地、という意味。ショコラではなく、フルーツピュレを固めたゼリーのようなもの。砂糖菓子なのだが、お土産用としてショコラトリーに置いてあるところは多い。
そんなお店。もうこの時間は閉店しているが、気にせずワンディは入店した。
「こんばんは。忙しい時にごめんね」
ひとり、店内のガラス清掃を進める女性。白シャツに黒いジレ。店員というよりコンシェルジュのような佇まい。その女性が一時ストップして体を一行に向ける。
「そう思うなら来ないでくださいよ。仕込みや清掃で本当に忙しいんですから」
やや冷淡な口調だが、当然といえば当然か。閉店後に勝手に来る同業者ほど、厄介な者はいない。




