123話
時刻は二〇時三〇分。本来であれば少しずつ店が閉まりだしていく時間帯ではあるが、週末のパリはここから活気を増す。女性だけで歩くのは危険な区も出てくるが、観光客なども多い七区は比較的治安がいい。
「今から行くところは、私の友人が店長を務めていてね。店の名前くらいは知っていると思うけど」
石畳と喧騒の音が混じった街を、ワンディは突き進む。暖かなベージュのコート纏い、ついてくる二人のモヤモヤで鬱蒼とした気持ちを振り払うように。ついてきている、と言っても、無理やりついて来させたわけだが。
あまり街のイルミネーションなどの景色を見る余裕もなく、疑心を抱いているジェイドはその背中を追う。
「店長……ややこしいですけど、店長と一緒ですね」
二人目の店長。どう呼び分けたらいいだろう? それよりも仕事途中で抜けてしまって、残って仕込みなどをしているハリオット達への謝罪が勝つ。それに、こんな時間に行って、その店に迷惑じゃないのだろうか。
「まぁ、製菓学校なんかでも一緒だったから、ほんとに図ったように同じ人生を歩んでいるね。向こうも講師として、色んな学校で講義したりしているし」
振り向いて人となりを伝達しながら、過去を回想するワンディ。製菓学校は短期から三年間の長期まで、様々な形態が存在するが、ずっと一緒だった。卒業し、違う店に就職したその後も交流が続いている。
「……」
話の内容が頭に入らず、エディットの耳から言葉が抜けていく。なんとなくついてきていたが、そのままバレないようにフェードアウトしていこうか、とすら考えた。特に何かしてほしい、という気もない。お腹も珍しく空いていない。
そんな若者達の心情を概算し、ワンディは簡潔にまとめる。
「まぁ、息抜きに他の人物からアドバイスをもらうことも、無駄ではないよ。嘘を教えるようなヤツじゃないし。私を信用してほしいね」
特に心配はしていない。明日は日曜日。学校だって休みだ。一晩中飲み明かしたって問題ない。いや、未成年はあるか。
そんな勝手にひとりだけ盛り上がりを見せる一行。夜中に同僚と夜の街を闊歩する。それだけでも普段なら楽しいと思えるはずのエディットは、愛想笑いを浮かべたりするも結局、
「はぁ……」
と、魂ごと吐き出しそうになるほどにまたも嘆息。魂には二一グラムの重さがある、と言われたりもするが、実際にそれぐらいは軽くなってそうなほどに吐き出している。
表面を撫でるように探るのはやめて、ワンディはぐさっと抉るように質問。
「エディットさんはどうして今日は静かなの?」
自分から言い出しそうにないので、もう言っちゃえと気軽に決めた。




