122話
だが当然これも柳に風。一度決めたことをワンディは貫く。ゆえにスタッフからは、ある意味では恐れられているわけだが。
「そこはエディットさんに任せよう。ごめん、エディットさん、掃除の続きは——」
と、レジやフロア担当のアルバイト、エディット・コティヤールのほうを振り向いたわけだが。
「……」
しかし。当の本人は心ここに在らず、という様相でこちらは売り場でモップを持ったまま直立不動。もちろん給料は発生している。
不思議に思ったジェイドは、彼女の名前を呼んでみる。
「エディットさん?」
そういえば、今日一日なにか変だった。静かな一日だった原因はこれか、と気づく。フロア担当と、自分は製造担当。やることは違うが、それでも彼女は常に喋りかけてくる、そんなはずだったのに。
暇さえあれば声を出す彼女が、今日は一切口を開いていない。
ホモジニアスタイルのフロアタイル。床を見つめていたエディットが、ゆっくりと二人のほうに視線を移す。
「……え、はい。なんでしょう?」
不機嫌、とはまた違う、虚な目で声もか細い状態から、一気に通常までテンションを戻す。ように見えるだけ。
勝手の違う彼女に、ワンディも扱いに困る。
「……いや、少しジェイドさんを借りるから、清掃の続きを……」
腫れ物に触れるように、そっとお願いしてみる。ダメなら……いいけど……と自然と後ろ向き。最初の状態がかなり気になる。
「……はぁ……はい」
大きなため息をついたエディットは、地球最後の日であるかのように、脱力しきった。いつもなら文句を言うのに、普通に受け入れる。早く帰りたいというオーラが滲み出るあの人が。
いつもは彼女に「静かにしてほしい……」と辟易していたジェイドだが、実際なると心配が圧勝する。ただの気のせい、という線もまだまだ濃厚ではあるが、七対三で『おかしい』に比重がある。
「……エディットさん……?」
もう一度名前を呼んでみる。
「……」
反応はない。ただ、床を見つめて止まる。一生ぶんの床を見ているんじゃないかというほど凝視。
今、なにに悩めばいいのかわからなくなったワンディは、面倒なので全部解決できる手段を提案。
「……よし! エディットさんも一緒に行こうか。清掃は明日早く来て終わらせよう。じゃ、準備して」
一緒に連行して、話を聞けばいい。人の店で。
「え」
今日何度目かもわからないジェイドの驚嘆。予定が秒単位で変更になる。
それでも顔色ひとつ変えず、相変わらず顔色の悪いままエディットは承諾する。
「……はい」
必要最低限の会話を完遂させ、モップを片付けに裏に向かう。真っ直ぐ歩けているか不安になるほど、弱々しい足腰。
「……なにがあったんですかね」
特にクレームのようなものは入ってなかったので、接客自体は大丈夫だったんだろうか。ジェイドも気にはなる。
こういう時は上司である店長がなんとかするべきなのだが、ならばということで思いつきで連行することにした。
「いや、知らないけど。美味しいもの食べれば治るんじゃない?」
とりあえず行動には移す。その後のことは知らない。自分で頑張れ。胃だけは満たしてあげる。
具体的な解決策を持たないのはジェイドも一緒。そんな時、友人だったらどうするんだろう。卓球仲間と、ベルギーにひとり、チェロを弾く同級生と、カルトナージュに人生を賭ける彼女。それくらいしか思いつかない。
「……そんなもんですかね」
参考にできることはあるのだろうか。あったらいいけど。期待しないで、今夜はなるようになってみようか。




