120話
老舗ショコラトリー『WXY』。閉店時間となった二〇時。清掃作業をする店員のひとりに、店長であるワンディが話を持ちかける。
「ジェイドさん、わりかし他店でも名前が知られてるの、知ってる?」
一日、充実した労働だった。噛み締めながらいると、突然、良いニュースなのか悪いニュースなのかが舞い込んできたジェイドは、モップを持つ手を止めた。
「自分……がですか? なぜ?」
他店……他の支店ではなく? 支店であれば『マリー・アントワネット』の件で、見物しに来る人はいたので、数人軽く挨拶はしたことがある。それではなくて?
「結構イロモノを作ることで有名だよ。ショコラトリーって、他店はライバルでもあるけど、同じショコラを扱うってことで、仲間でもあるからね。店の定休日も話し合って決めてるし」
そんな業界の狭さを、ワンディはかいつまんで落とし込む。
パリのような都市では、観光客が多く、せっかく他国から来たのに店が開いていない、ということを避けるべく、近くの同じ業種の店では定休日をズラして取るのが一般的である。日曜日は基本休みだが、店によっては土曜日になったり、平日になったりと様々。
「イロモノ……」
話題になっていることはありがたいが、なんだか手放しで喜べない広がり方をしているようで、ジェイドは訝しむ。自分としては、正統派で清純派を気取っていたはずなのだが、珍獣のような扱い。ビターショコラにルビーショコラって変?
まぁまぁ、とジェイドの心境を読み切ったワンディが落ち着かせる。
「悪い意味じゃないよ。定番の品を作るのも大事だけど、エンターテイメントも大事だ。そういった意味では、型破りというのはむしろ、店からしたらプラスに働く」
入り口がどんなであれ、知ってもらうことから始まる。箸にも棒にも引っかからないよりは、悪名であっても認知されること。いや、やっぱり悪名はダメ。
腑に落ちないものの、とりあえずは理解はできたジェイド。本題に迫る。
「それで、自分にどういったことが……」
今のところ、伝えたいことが見えてこない。なにをさせようと言うのだろう。
ニヤリ、とワンディが悪巧みをする。
「他の店に行ってみようか。新作、行き詰まっているんでしょ? なにかヒントになるものがあるかもよ」
浮き足だっているのが、経験からわかる。そういう時は違う環境を覗いてみる。一方通行にならないように。
素敵な提案だが、ジェイドの目が泳ぐ。
「えーと……でも、他店からしたら、ウチのヒントになるような行為、嫌がるんじゃないですか? 仲間ですけどライバルです。お客さんの奪い合いなわけですから」
諸手を広げて歓迎、とはいくまい。アウェイであることは間違いないわけだ。




