119話
さて、どうしようか。ジェイド・カスターニュは自宅のキッチンにて、とりあえず悩むフリと、本当に悩むを両方してみた。自分なりのショコラ。誰のものでもないショコラ。そのきっかけは掴むことができた。
『音楽』、それをショコラに。そうすれば、誰とも被らないでしょう? いや、たぶん。
もう一度、自身が考えたショコラを作ってみる。難しいものではない。ビターショコラにルビーショコラをコーティングしたもの。見た目は桜の花びらだが、味わいには苦味。お店のショコラを使うわけにはいかないので、簡易に作ったものだが、充分に美味しい。
このショコラの名前は『スマイル』。チャップリンの曲からイメージしたショコラ。春の新作、というのにも合致しているので、今度こそはと意気込んだが、「チャップリンは権利関係がややこしいのでダメかも」という結論に。そんな……。
で、なぜ『フリ』なのか。それは、答えはわかっているから。映画の曲。それがいい。ストーリー性もあり、気持ちも込めやすい。チャップリンのように、色々と要素があればビターにしたりルビーにしたり、表現しやすい。次の候補はこの人物。
オードリー・ヘプバーン。
ご存知、ベルギーが誇る大女優。ジェイドと同じくブリュッセル出身。だが、ショコラにしてみたら、と考えたときに、大きなライバルがある。
それは『オードリー・ヘプバーンのガトーショコラ』というものがすでに存在していること。彼女が子供達に作っていたショコラ。レシピも公開されている。作ってみる。うん、美味い。腕がいいのかレシピがいいのか。
オードリー・ヘプバーンと音楽、どういう関係が? 実は映画『ティファニーで朝食を』にて、オードリーはギターを弾きながら、窓辺で歌うシーンがある。わずか一〇小節。となると、一〇粒のショコラ? 一〇種類の味? はたまた一〇色のショコラ?
「……全然出てこない、というより、全部アリな気もする……決めきれない」
そして大事なポイント。オードリーは音域が狭い。わずか一オクターブと一音しかない。歌の部分は違う人物の吹き替えにするか悩んだほどらしい。結局は彼女でも歌える音域に変更して、ということらしいが、意外な事実だった。
「……つまり、一オクターブと一音はキーで言うと一三個……そのショコラ……」
また候補が出てきた。一三種類のショコラを作る? できなくはないが、少しマニアック過ぎないか? 曲のオクターブなんて気にする人がどれだけいる? オクターブを感じながらショコラを食べるだろうか? いや、ない。
「……あーッ! ……休憩、休憩しよう。そうだ」
熱いコーヒーを淹れ、『スマイル』を食べながら、曲を聴く。
《私達は目指す、あの虹の終わりを》
歌詞を聴きながらまた疑問が浮かぶ。虹、虹の終わり。虹の終わりってなんだろう。その曲の名前は『ムーン・リバー』。はたして私は、虹の終わりにどこへ行き着く?




