117話
「——というわけなんだよ、まさかそんな返し方があるとはね」
説明し終えると腕を組み、大きく頷きながらジェイドは奥歯を噛み締めた。途中まではよかった。いや、違う。最初が間違えていた。それ以外はよかった。テーマに対する知識がなかった。自分のミス。
「……」
心ここにあらず、という無気力さでオードは夜空を見上げた。鳥が飛んでいる。あの鳥はなんていう名前だろう。いいな、自由で。人類が空に憧れるのは、元々、空を飛んでいたからだ、というのをどこかで聞いたことがある。空には肖像権とかないんだろうな。
チラチラとそのオードの状況を確認しつつ、バツが悪そうにジェイドは場を和ませようとする。
「いやはや、すまないね。ドンマイドンマイ。どうなるかはわからないが、もしダメだったら——」
「いいわよ、別に」
感情の感じられない声色のオードは、そのまま目線をずらさない。空を追いかける。
その横にジェイドは移動し、同じように壁に背中を預けた。
「……すまないね」
目を閉じて息を吐く。またも結果は出せず。よくて利益の出ない『見本』。になれば御の字。集客に繋がればいいけど。これを通して、もっとオードと仲良くなれると思った。
「ねぇ、オード、次こそは——」
「次、作るんでしょ。次のも面白そうだったら一枚噛んでやるわ」
あえて目は見ない。恥ずかしいから。オードは少しドキドキしつつも、表情だけは変えない。変えてやらない。
「——え?」
絶対に巻き返し不可能なところまで来てしまった、と考えていたジェイドは、状況を理解するのに数秒要した。
ようやく決心がつき、オードは視線を合わせる。
「なによ、なんの策もないの? それはあんたの仕事よ、ジェイド」
そして素早く外し、前を見据えた。前。未来。
呆けつつも、ジェイドは意識を取り戻す。一瞬、なにが起きたのかわからなかったが、少しずつ追いついてくる。
「そう……言ってもらえると助かるけど……いいのかい? それと今、名前——」
「なんかアテ、あんの?」
ふとした違和感に気づいたジェイドを遮るように、オードは問いを被せた。さっきのは忘れてほしい、という気持ちもある。いや、忘れろ。
その気持ちに気づき、満面の笑みになり変わったジェイドは、これからの予定について発信する。
「……んー、よくぞ聞いてくれたね! 実は『オードリー・ヘプバーン』をテーマに——」
「おい」
たった今、似たような失敗をしたばかりなのに、同じ轍を踏もうとしている友人に、オードはキツくツッコんだ。そしてそのまま歩き出すと、後ろから友人がついてくる。
もうすぐ夜のパリではマルシェ・ドゥ・ノエル、つまりクリスマスマーケットが始まる。その前段階の匂いがする。少しずつ増える電球。その灯りの温もりを肌で感じながら、ジェイドは、とある一文を思い出す。
『次の一歩、次の呼吸のことだけを考える』
ミヒャエル・エンデ、『モモ』。先のことはわからない。だから、今のことだけ、今、この時間だけ。




