116話
「……それでこの商品なんだけど……」
手渡されたショコラを、大事に手のひらで包んだワンディは、じっくりと言葉を選んで次の句に進む。
「……たぶんダメなんじゃないかなぁ……」
無慈悲な現実を叩きつける。少し言いにくそうに、周りを確認した。
「……え?」
なんとなくだが、イケる感覚はしていた。少なくとも、ワンディの問いには答えられた。ゆえの、オーナーの行きまで確定、だったはず。
その理由を言いづらそうに、ワンディが説明する。
「……いや、閃きは素晴らしい。 『音楽』をテーマにしたショコラ。新しい。でもチャップリンてさ、実は著作権とか商標登録とか、そういうのに結構厳しいんだよね……チャップリン家が肖像権を持ってるから、許可がもらえれば、になるんだけど……」
実際、チャップリンのイメージや写真、音楽からシルエット、コスチュームなどに至るまで、全て世界各国の会社が保有しており、許可や許諾が必要になる。どこからが大丈夫で、どこからがダメなのかの線も曖昧で、確実に売り出せるかはわからない。
寝耳に水。ドクン、と心臓が鳴るのを、ジェイドは肌で感じる。
「……厳しい……です……か?」
思ってもいない伏兵の登場に、動揺が走る。言われてみれば、たしかにどんなものでも可能にしていては、小さな個人商店でも名前を使ってしまうことができる。本当か嘘かなど関係なしに。
確定ではないし、交渉次第ではあるが、となるとオーナーの仕事になる。今ですらワールドチョコレートマスターズを始めとする、国際大会の審査員を引き受けるなど多忙な中、どれだけの時間がかかってしまうだろうか。ワンディが危惧する。
「約束だから、一応は伝えてみる。なんとも言えないけど、それが直接的な利益を生むってなると、どうなんだろう。イメージを崩しているわけじゃないから、頑張れば……もしかしたら……」
可能性としては充分にある。ただ、今すぐにはできない。春という季節も過ぎてしまうかもしれない。そうなると、桜というモチーフ上、またしばらくは発表しづらくなるだろう。
「……」
かける言葉が見つからず、盛り上げるだけ盛り上げてしまったワンディは負い目を感じた。
「……ちょっと、深呼吸していいですか?」
昂った気持ちを抑える意味でも、少し気を落ち着けようとするジェイド。オーナーからダメだしされることは覚悟していた。当然、店の商品として売るわけだから。だが、その手前で待ったがかけられた。
気持ちをなんとなく察したワンディも「え、あぁ……」と、返すのみ。プロの世界だから仕方ないが、なんかとても悪いことをしてしまった気がする。
ひとつ息を吐き、ジェイドは気持ちを入れ替えた。
「よし、帰ります」
審査に感謝し、一旦帰宅する。少し色々と考えたい。
「うん、なんかごめんね……気をつけて……」
「いえ、それでは」
見送るワンディの視線が、寂しそうな少女の背中に刺さる。
それを実感したジェイドは、足早に出入り口のドアへ。出る前に少し立ち止まり、一考する。
「さて。オードにはどう説明したものかね」
気が重い。今回は特に。




