114話
「この映画において、『スマイル』が登場するシーンは三度。愛や夢、希望などを表現する時なんです。ただ笑顔になる、という意味ではなく、辛い現実もあるけど笑いながら歩いていこう、という意味での笑顔なんです」
映画のラストが有名だが、実は三回、曲は使われている。それら全てが、辛く苦しい心境を描いたシーン。この花びら一枚一枚はどこへ飛んでいくのだろうか。それは味わった者に委ねる。それがこのジェイドのショコラ。
それを聞くと、甘さも苦さも、ワンディは愛おしく感じる。これらが全て未来に繋がっている。
「ゆえに三枚。ビターショコラなわけか。これが辛い現実を表現していると」
ショコラは約三二度で溶けるように、テンパリングしている。そのショコラが全て溶け、体内に取り込まれる。ゴクっという音を静かにたて、喉元を通り過ぎた。人生、といってもいいショコラ。完食。
「なるほどね!」
今日一番の頷きをし、味わい尽くしたワンディはまとめに入る。
「酸味と苦味がほどよく混ざって美味しい。映画は観たの?」
そう問われ、ジェイドは調律の後のことを思い出す。サロメと別れ、五区へ。そして映画館。
「はい、カルチェラタンで偶然やっていて。やはりスクリーンで観ると違いますね。私に訴えかけてくるものがありました」
今は携帯端末などでも観ることができるが、それでは感じ取ることができなかった。五感全てでチャップリンを味わえた気がする。それゆえのショコラ。
「それでこの作品が生まれた、というわけか。いいね」
納得の表情でワンディは、まだ見習いの少女に可能性を感じた。きっと、これから先、もっと大きなショコラティエールに。
開いた花はねじって戻し、そこに蕾を被せる。見た目だけは最初に戻ったショコラを再度、ワンディに手渡し、やりきったジェイドは願いを告げる。
「私にとって、これがチャップリンの『スマイル』をイメージしたショコラです。これをお願いします」




