110話
「さて、その顔は解けた、って感じだね」
翌日。シフトには入っていなかったが、閉店時間を見計らって、ジェイドはWXYへ。ワンディとも連絡を取り、答え合わせの時間。一週間きっかり。また以前のように、カフェスペース。
「はい、マリーとは、『マダムルイーズ』、そしてグランド・シャルトルーズ修道院の『エリキシル・ヴェジタル』をイメージしたショコラ。『原点に立ち返る』ことの重要性、でしょうか」
矢継ぎ早に回答を並べた。小出しにしてもしょうがない。違ったのなら仕方ない。ジェイドは座りながら背筋を伸ばす。
だが、同じようにワンディもあっさりと認める。
「うん。だいたいは正解。それと、全ては繋がっているということ。今日の頑張りは明日の自分に、今日の怠慢は明日の自分に。まぁ、気を抜くなってことなんだけどね」
実は、頭を悩ませるような、難しい意味を込めていたわけではなかった。たどり着くまでは難関だったが、答えとしてはごく普通。ただ、遠回しに言いたかっただけ。そのほうがストレートに言うより伝わると考えた。
「ありがとうございます。勉強させていただきました。それでオーナーに提案していただきたいショコラなんですけど——」
と、告げてカバンからジェイドはひとつ、箱を取り出す。
「え、もう?」
予想だにしていなかったため、言い出した張本人のワンディも驚く。今日はもう帰る気満々だった。
「善は急げ、なので。ワンディさんの気が変わらないうちに。今日の頑張りは、明日の自分の楽に繋がりますよ?」
「言うねぇ……」
躊躇うワンディを気にせず、逸る気持ちを抑えられないように、テーブルに箱を置いた。かなり軽い音、そして手のひらサイズ。
「……まぁ、いいか。じゃあ見せてもらおうかな」
予定にはなかったが、遅かれ早かれだ、と結論づけたワンディは、身を乗り出して解説に耳を傾ける。
ジェイドは、箱をスッと押して差し出す。一見すると、薄桃色の五角柱。
五角形の上蓋が覆い被さる。上蓋には桜柄の生地によるカルトナージュが施されており、中身は見えない。上蓋はそのまま外囲いとなる部分にすっぽりとハマっており、人間が掴んで外そうと思わない限り、外れないようになっている。
しかし、リアクションに困ったワンディは、この後の楽しみ方を持ち主のジェイドに求める。
「これは……どういう」
「自分らしい新作。みんなを喜ばせるもの。それを考えた時、正直言って、なにも浮かびませんでした」
求められたものとは少し違うが、ここに至るまでの経緯をジェイドは語る。




