109話
「リキュールの『女王』」
その後、紆余曲折がありつつも、なんとか解答までの道筋が開かれたジェイドとオード。スッキリしたが、同時に疲れた。二度目はないようにお願いしたい。とりあえず、エリキシル・ヴェジタルは女王らしいという結論。
「てことはなに? アンタに女王になれって? もうすでにそんな感じの鼻っ柱してるけど」
茶化しつつ、オードはひとまず解けたことに安心した。しかし、ショコラの染み込んだ角砂糖から、えらいところまできたものだ。女王て。ん? 巡り巡って結局、女王ってことは、アントワネットのこと?
「もしくは、みんなを元気づけるようなショコラを作れ、ってことなのかもね。霊薬だし」
だが、そもそも元気づけるような、なんて昔はカカオは薬だったんだし、元々の役割じゃないかと、ジェイドは不審に思う。
「「……」」
その結果、二人は顔を見合わせる。
「……えーと、もしかして……」
「……たぶん、そうだね」
導き出される結論。
「もしかして……元に戻ってきた?」
苦笑いしながら、オードが気づいてしまう。
困ったり迷ったりしたら、『原点に立ち返ること』。それがワンディの教え。
「……なんだったのよ、ここ数日のモヤモヤは」
モヤモヤどころか、それを通り越してオードはムカムカしてきた。こんなことある? ベッドに寝転がって不貞腐れる。
「まぁ、色々考えたりして楽しかったから、私はいい経験になったと思うよ。ショコラの意味とか、深く考えたことなんてなかったし」
わざわざ三区まで行ったり、色んな人を巻き込んでしまったが、結果的に知り合いも増えたし、とジェイドは肯定的に捉えた。
ただ、オードはまだ立ち直れそうにない。
「あーそう。とりあえず、わかったことだし、さっさと行ってくれば? 本当に約束守ってくれるなら、商品化するかもしんないんでしょ?」
「あぁ。だけどまだ完成じゃない。今日は持っていけない」
まだ八割ほど。あとの二割。さて、どうしたものか。ジェイドはちらちらと視線を送る。
「期限は明日なんでしょ? そんなギリギリで大丈夫?」
だがそのサインに気付きながらも、オードはわざと見逃す。なんとなく、いや、言いたいことはわかっているのだが、なんかムカつくから。
痺れを切らしたジェイドが、単刀直入に切り込む。
「大丈夫。オードなら一日でできる。ハズ」
いつものアレ。
「……はぁ?」
いや、わかってたけど。あからさまに嫌な顔をしつつ、一応オードは聞き返してみる。
イスから立ち上がり、芝居がかった足取りでジェイドは室内を闊歩。まるでオペラのように勢いよく振り返り、手を広げてアピールする。
「だから、カルトナージュだよ。もうショコラはだいたい完成しているんだけどね、箱がまだなんだ。まさか、ショコラを裸で持ってけ、なんて言わないよね」
「言うわよ。持ってけ」
無慈悲にも、オードは冷たく突き放す。これが最後の抵抗。もし、それでも必要とするなら。
当然のように無視するジェイドは、最後のお願い。これでもし断られるようなら。その時は。
「テーマは『チャップリン』。これはオードじゃなきゃダメなんだ」
「……」
目を瞑り、脳内で様々なものをオードは想像する。そしてひと言。
「……チャップリン」
ひとつだけ、作ってみたいものがある。彼が今も眠る場所。あの映画での印象的なシーン。窓から見える、あの。
「……ショコラは何粒入り?」
オードは確認を取る。それ次第だ。だがもし、想定内であれば。
「……浮かんだ? 三だよ」
このテーマではこれ以外にあり得ない。『スマイル』。ジェイドは今一度、脳内で音楽を鳴らす。
「ははっ」
肯定も否定もせず、ただ、オードは笑った。




