107話
パリ三区。アトリエ・ルピアノでは、調律を終え戻ってきたランベールが、降参してルノーに解答をねだった。その結果、ソファーで休憩しながら、ひとつの映画を教えられた。
「『大いなる沈黙へ』? なんです、それ?」
タイタニックとか、ターミネーターならすぐに反応できるが、聞いたことがないタイトル。本当に映画のタイトルか? と訝しみつつ、さらに情報を引き出す。
もういいか、とルノーも丁寧に全貌を曝け出す。
「アルプス山脈の中に、グランド・シャルトルーズ修道院ていうのがあってな。そこを舞台にしたドキュメンタリー映画なんだ。恐ろしく厳しい戒律で、ほとんど喋ることすらできず、その中で瞑想と礼拝に身を捧げる修道士達の話」
「だから『大いなる沈黙へ』。それと角砂糖になにか関係が?」
そう、ランベールにはそれが問題。映画のタイトルが知りたいわけでもない。まぁ、ちょっと興味はあるけど。
思い出しながら、しみじみとルノーは解説する。
「この修道院に伝わる酒があってな。木箱に入ったそれは、一三〇種を超えるハーブや植物なんかを使っているらしい。そしてそれをスプーンに注いで、砂糖を浸しながら飲む、もしくは齧るという方法がとられているんだ」
真似したなぁ、とルノーは目を瞑る。そういうのに憧れる時期があった。
そこで少しずつランベールも把握してきた。整理しつつ、先に進む。
「……なるほど、角砂糖にショコラを浸す、に似てますね。でも、お題は酒でもないし角砂糖でもないし。少し違いますね。なんでだろう」
ショコラトリーだから? お酒ではなくショコラに置き換えた? ならその意味は? まだ疑問は溢れ出てくる。
ここからは、ルノーの予想になる。正しいところはお題を出した本人に聞かないとわからない。ランベールにもそれを伝えた。
「あえてだろう。そもそも、『彼女』が所属していたのはカルメル会、グランド・シャルトルーズはカルトジオ会で少し違う。だから、その宗派の違いを表現するために、あえてショコラにこちらも変えたんだ」
「彼女? マリー・アントワネットですか?」
新しい単語が出てきて、ただでさえひとつひとつ確認しながらのランベールは、さらにこんがらがってくる。なんだよ、会って。
少し間を置いて、ルノー自身も話をまとめながら、その結論を出す。
「……いや、おそらく違う。マリーというのは、アントワネットのことじゃない。ルイ一五世の娘、名前は——」




