106話
その単語についてジェイドが記憶を弄りつつ、言の葉に変換する。
「あぁ、たしかコロンブスが見つけて、それを国王に献上したんだっけ。それがヨーロッパでのショコラの起源に——」
「?」
固まったジェイドを、不思議に思いオードは見つめる。また? 以前にもウチで。突然機械が故障でもしたかのように、ピタリと動かない。
が、その実、他の機能を全て停止して、ジェイドは脳にそのぶんのエネルギーを凝縮。答えを導き出すために。
起源。
起源。
起源。なんの? 起源とは、なんの起源だ? それは、本当にショコラなのか?
「? どうしたの?」
もうオードが見ているだけで、三〇秒はジェイドは瞬きをしていない。
「?」
髪に触れてみても、なんの反応もない。今ならイタズラし放題か? と悪巧みしていると、唐突にジェイドは口を開く。
「……たしか店長は『ずっとこうあってほしい』って言ってた……」
もう何度目かの内容の確認。擦り切れるほどに思い出していた。はずだった。だが、たったひとつの単語のおかげで、それが全く別のことに聞こえてくる。
『修道士』
様子のおかしいジェイドに、少しオードも顔が引き攣る。
「え? あぁ、まぁ、そうね。薬のように元気づける、って意味じゃないの?」
『元気づける』
どんどんとパズルが埋まっていくような、そんな感覚にジェイドは溺れる。答えはもうとっくに出ていたのかもしれない。
「……待って、ということは、もしかして……」
「なに? どうしたの?」
ふと声のする方向を見ると、当然ながらオードがいる。なにかがカチリと埋まった音が、ジェイドには聞こえた。
「——そうか、そういうことか! もしそうならたぶん——」
慌てふためいた指先で携帯を操作するが、反応が悪い。自分の思考にネット回線が追いつかない。いや、単純に押しミス。
この状況がつまらない人がいる。オードだ。
「……なに? どういうこと? ひとりで納得して。説明して」
当たり前だが、全くピンとこない。なにか繋がるようなワードがあった? 修道士、薬、酒、それからそれから——
「やはりそうだ! 間違いない! 『マリー』とはオードの読み通り、他の王族の娘だ! アントワネットではない!」
なにかジェイドは当たりを引いたらしいが、自分だけ先に進んで置いてけぼり。あたしも引き上げろ! と、オードは割り込んで話に加わる。
「でもアントワネットの結婚相手のルイ一六世とか、自分の親のフランツ一世の妻子を調べたけど、それらしき人物は——」
「いや、ひとりだけいる。ルイ一五世の娘、この子。彼女は——」
今までの加速を脱ぎ捨て、一旦ジェイドはゆっくりと深呼吸した。瞬きも呼吸も忘れていた。ドクドクと心臓が速く脈打つのは、感動もあるだろう。最後にひとつ大きく吐いて、画面をオードに見せた。
「王族唯一の修道女だ」
間違いない! と、断言する。
「……」
……はぁ? だからなに?




