102話
「待って、たしかアイツが店長に言われたのって——」
動揺したオードは、ジェイドから教えられた、店長の一言一句を思い出す。
《なぜ角砂糖にショコラを染み込ませることが、マリーを意味するのか》
《私にとってずっとショコラはこうあってほしい、という想いが、今回のクイズの答え》
「……もしかして」
そうなると、たどり着く答えはひとつ。
「マリー・アントワネットのことじゃ……ない?」
心臓がドキドキする。一気に目が覚めた。上半身だけ起きて、意味もなく左右を確認する。
たぶん、そう。よく考えたら、マリーとかマリアとか、この時代には多い。そして『アントワネット』とは言っていない。実際に自分が聞いたわけじゃないから、なんとも言えないけど。
「と、いうことは——」
この近しい人物の、似たような名前の中から、角砂糖に繋がる人が——
角砂糖に繋がる——
角砂糖——
角——
……いや、角砂糖って一九世紀とか言ってなかったっけ、と我に返る。じゃあ、無理じゃん、と。
「……嘘、ここまできて!?」
絶対にいいところまではきている、という感触をオードは確信。だが、『角砂糖 マリー』と検索しても、全く繋がる気配がない。
一気に冷めた表情になり、心臓も平常の速度に戻る。目や体に負担をかけたが、進展はなし。収穫もなし。
「……あーあ、やんなった。アホらし」
仰向けにベッドに再度倒れ込み、天井を見る。また携帯が滑り落ち、鎖骨に当たる。今度は少し痛い。当たり前だが、天井は平面だ。あたしは立方体を作る。立方体。角砂糖。
「はい、なしなし」
また考えてしまう。答えがわかるまで、スッキリしなさそうだ。記憶から消えるまで数週間はかかりそう。
「……」
途中経過を持ってアイツと意見交換してみるか、と考えたが、なんか悔しいので自分からは誘わない。負けた気がするから。そしたら、数ヶ月は記憶から消えるまでかかりそう。だから誘わない。だがもし。誘われたら。
「……」
右を向くと、携帯は顔のすぐ横にある。待ってなどいない。だがもし。もしも。
誘われたら——。
不意に、携帯が鳴る。メッセージ着信。
《どう? 一度コーヒーでも飲みながら》
その一文だけ。内容についてはなにも。
深く、三度ほどオードは深呼吸をする。いい? これは仕方なく。コーヒーは好きだし。誘われたら、理由もなく断るのは悪いし。アイツのことはあまり好きじゃないけど。仕方なく。
もう一度、深く息を吐く。
《わかった。場所どこ?》
素早く打ち込んで送信。仕方ないじゃない。楽しい、と感じてしまったのだから。




