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40話


「手を怪我しないように」


 あ、ルーカス陛下……止めないんですね……。ディーンとバーナードがそれぞれぐいっとザカライア陛下とオーレリアン殿下を立たせて、わたしの前に連れて来た。ハイヒールであまり歩きたくなかったからありがたい。

 ちらりとルーカス陛下に視線を向けると、ルーカス陛下はこくりとうなずいた。……まぁ、ほら。これまで仕事をわたしたちに押し付けて来た人たちだし、わたしを追い出した人だし、遠慮は要らないよね!

 わたしは彼らに近付いて、ぐっと拳を握って頬をめがけて殴った。人を殴ったことなんてないから、かなりへなちょこなパンチだったけど。それでも、全身全霊を掛けて殴った。……気持ちはスッキリしなかったし、殴った手は痛かったけれど……。


「どうしてわたしが殴ったか、わかりますか?」

「アクア……」

「自分たちだけ助かろうとしたり、自分の思い通りにしようとしたり……。王族として、いえ、人として! 恥を知りなさい!」


 ふつふつと怒りが再び湧いて来た。その怒りを静めるようにゆっくりと息を吸って、吐く。うん、ちょっとマシになった。わたしはぶん殴ったところに手を翳して回復魔法を使った。ついでに自分の手も回復させた。


「……さて、こいつらの扱いだが」


 ……こいつらって……。さすがルーカス陛下。……っていうか、わたしよりもルーカス陛下のほうが怒りのオーラすごくない? ものすっごく不機嫌そうな表情と声で、じろりと睨むかのようにダラム王国の王族と貴族を見た。


「ダラム王国は、王国の歴史を閉じることになる」


 ルーカス陛下の言葉に、ザカライア陛下とオーレリアン殿下が睨んできた。……わたしを睨んでも……。コツコツ足音を響かせて、ルーカス陛下がわたしを守るように前に出る。……ど、どうすれば良いのかしら……。ちらちらとこちらを窺うような、ダラム王国の貴族たちの視線を感じながら、わたしはそっとルーカス陛下の服を掴んだ。


「……心配はするな、命は取らない。そう簡単に楽にはさせないさ」


 いえ、そういうことが聞きたいんじゃなくてね! ……いや、待って。それはつまり、死よりもつらいことをさせるという宣言なのでは? わたしの他にもそう受け取った人たちがいるようで、ブルブルと身を震わせていた。


「――今まで、堕落していた者たちに、労働させるだけだ」


 貴族たちはそれを聞いて、騒ぎ始めた。貴族ということであまり働いていない人たちも多かったしね。当然といえば当然の反応だ。……ああ、働いたことがないから……? 貴族としての責任を果たしていない人たちだったしな……。


「――平民以下の生活を、味わうと良い」


 ひっ、と誰かが短い悲鳴を上げた。……一体どんな労働をさせるつもりなのだろう。そして、そんなに煽って大丈夫なのだろうかと心配していると、ルーカス陛下がわたしの手をがしっと掴んだ。勢いよく掴まれてちょっとびっくりした。


「――リネットを利用した分は、その身体で支払ってもらおう」


 ぐっとザカライア陛下が息を飲んだ。……なんだか、その名前で呼ばれると変な気分になるわ。馴染みがないから当たり前かもしれないけれど。他の貴族たちは「リネット?」とばかりに首を傾げている。


「ダラム王国はアルストル帝国に下り、その管轄を私が信頼している部下に任せることにする。お前たちが故郷に帰ることはないだろう。帰ったところで、お前たちを迎え入れるものはいないだろうがな」


 くつくつと喉を震わせて笑うルーカス陛下。……小国とはいえ、ダラム王国の人たち全員この国に連れて来たんだろうか……。地方の人たちとかはどうなっているんだろう……。しかも、かなり遠い場所をアルストル帝国の領地にしちゃって大丈夫なんだろうか、と色々考えていると、ルーカス陛下がわたしの手を強く握り込んだ。痛くはないけど、これになんの意味があるのか……。


「……それと、新しい聖女、だったらしい女よ」


 一度聞いたような気がするけれど、忘れてしまったのかも? あ、考えてみればわたしも覚えていないや……。

 だからそんな呼び方なんだろうけど、中々シュールな呼び方だな……と思っていたら、ディーンが肩を震わせて俯いているのが見えた。笑っている、この人絶対笑っている!


「どうせこいつから金を受け取っているんだろ、その金は返してやるから、今すぐにこの国から出ていけ」

「えっ?」


 この人だけなぜ? と首を傾げていると、バーナードがごそごそとポケットからナイフを取り出して、彼女の縄を解き没収していたお金を渡すと、その女性は困惑したように周りを見渡して、それから逃げるように部屋から出て行った。


「……あれが、お前が選んだ聖女だ、オーレリアン」


 素早く去って行った彼女を見て、オーレリアン殿下が信じられないものを見たとばかりに目を大きく見開いた。……彼女、かなりの美人だったから一目惚れでもしたのかな。それでお金で雇って聖女にした? ……だとしたら、彼女のほうはオーレリアン殿下のことをなんとも思っていなかったから逃げた?

 ……そういえば、ここにいるのは貴族たちだけで、神殿の人たちがいない。彼らはどこにいるのだろう? ルーカス陛下の手をぎゅっと握り返すと、こちらへ顔を向けた。尋ねようとしたら、ザカライア陛下が声を掛けてきた。


「……アクア、どうして回復魔法を使った……」


 え、それ今聞くこと? と目を瞬かせて困惑の表情を浮かべる。どうしてって――……そんな理由なんてひとつに決まっている。


「わたしがそうしたいと思ったから」


 それ以外に、理由がいるの?


ここまで読んでくださってありがとうございます!

少しでも楽しんで頂けたら幸いです♪

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