36話
ルーカス陛下はこの状況、どうやって収束させるつもりなのだろう。ちらりとルーカス陛下に視線を向けると、彼は口元に手を当てて考え込んでいた。……なにを考えているのかはさっぱりわからないけれど……。その時間が途方もなく長く感じてしまった。実際には数分も経ってないと思うんだけど……。
「……城にいる貴族は、ダラム王国の貴族だろう?」
確認するように身なりの良い人たちを見渡す。わたしが「多分」と答えると、陛下は「ふむ」と小さく呟いてもう一度パチンと指を鳴らした。すると、細長く丸い窓? のようなものが出てきて、なんだろうと思わず覗き込む。鏡というわけでもなさそうだけど……。
「ディーン、聞こえるか? 魔術師たちの準備は?」
「滞りなく。陛下とアクアは今、どちらに?」
な、なんと! ディーンの姿が見える! ディーンはわたしに気付くと、「無事でよかった」と安堵したように微笑んだ。うーん、やっぱり良い人。
「ダラム王国の王城だ。私の魔力を追ってこい。そのほうが速いだろう」
「……かしこまりました。魔術師たちに伝えます」
そう言うとディーンは小さく一礼してくるりと後ろを向いた。そして、多分近くにいるであろう魔術師たちに声を掛けている。そして、もう一度こっちを向くと、「すぐに向かいます」とだけ言って淡い光に包み込まれた。
陛下がこくりとうなずき、パチンと指を鳴らすと細長く丸い窓……のようなものはパッと消えた。今のは一体……。
「すぐに来るそうだ」
「は、はぁ……」
よくわからなくてそんな返事しか出なかった。そして、ルーカス陛下の言葉通り、あっという間にアルストル帝国の騎士たちが……王城に現れた。淡い光を伴いながら。……人の魔力を追った転移魔法ってことよね、さすがアルストル帝国。そんなことまで出来るんだ。帝国の魔法の技術がとても気になるところ。かなり研究されているんだろうな。
「アクア!」
「ディーン! バーナード!」
どうやら一緒に来てくれたらしい。ほんのちょっと離れていただけなのに、ふたりの顔を見てホッとしている自分がいることに驚いた。
「ひっ、こ、こんなに騎士を呼んで、どうするつもりだ!」
ザカライア陛下が短い悲鳴の後にルーカス陛下に尋ねる。ルーカス陛下は、鼻で笑って騎士たちにこう命じた。
「平民たちを優先させ、アルストル帝国へ避難させろ。貴族は捨ておけ」
それを聞いた貴族たちは騒ぎ出し、平民たちはみーんなぽかんと口を開けていた。アルストル帝国に避難ってどうやって……? と思ったけれど、ディーンとバーナードはわたしの腕を掴んでずるずるとルーカス陛下から遠ざけた。……一体なにが始まるのやら。
「せ、聖女さま……」
縋るような視線を受けて、わたしは曖昧に微笑んだ。それが平民たちにどう見えたのか、みんな決意を胸に秘めたように真剣な表情になって、ルーカス陛下に跪いた。……どうなっているの、本当に。
「この御恩は絶対に忘れません!」
平民を代表するように誰かがそう叫ぶ。ルーカス陛下は一瞬目を丸くしたけれど、すぐに「行け」と平民たちに声を掛け、アルストル帝国の騎士たちに誘導されて、光の輪を潜るように歩き出した。どうやら、あの輪を潜るとアルストル帝国につくようだ。……魔法のレベルが違いすぎる……。
「な、なぜ私たちを助けない!」
貴族のひとりがそう叫んだ。それを無視して、アルストル帝国の騎士たちは、ダラム王国の平民たちを避難させている。ルーカス陛下の命だもんね。
「……誰かひとりでも、平民を助けようとした貴族はいるのか?」
ルーカス陛下が声を低くして尋ねた。しん、と貴族たちは黙ってしまった。それはつまり、助けようとした貴族がひとりもいないということ。
「人の命をなんだと思っているのだ、お前たちは」
呆れたような表情を浮かべるルーカス陛下。誰も、ルーカス陛下に言葉を掛けられなかった。ダラム王国では貴族主義が多いからなぁ……。そんなことを考えていると、神官長がわたしたちを追ってきたのか、王城までやって来た。そして、この状況を見て目を瞬かせる。
「……これは、一体……」
「……神官長……。どうして、ここに」
「これを、アクアさまにお渡ししようと思い、追いかけてきました」
王城で見知らぬ騎士たちが平民を誘導しているのだから、そりゃ不思議に思うよね……。とりあえず、神官長にそう尋ねると、彼はハッとしたように顔を上げて、わたしに杖を渡した。儀式のときに使う杖だ。大切に保管してくれていたのだろう。傷ひとつなく、磨き上げられている。
「……それは、あなたの物ですから」
「……ありがとう、ございます。ルーカス陛下、わたし、コボルトの村に向かいます!」
「外は魔物だらけだぞ?」
「ルーカス陛下が半分くらいはぶっ飛ばしてくれたじゃないですか。コボルトの村は、ここから近いから、魔物に襲われる前に助けたいんです」
「……ならば、ディーン、バーナード、アクアを護れ。私はここの王族と貴族に用がある」
「御意」
ふたりが胸元に手を当てて、恭しく頭を下げる。わたしは神官長から杖を受け取り、ディーンとバーナードに浮遊魔法を掛けた。それを見たルーカス陛下が、わたしに近付いてぽんと頭を撫でる。びっくりして目を大きく見開くと、ルーカス陛下は「行っておいで」と優しく微笑み、わたしは「行ってきます!」と元気に答えてコボルトの住んでいる村に向かう。
ディーンとバーナードも一緒に。外に出ると、重々しい瘴気を感じる。魔物が大量発生すると、こんなにも重苦しい瘴気を感じるのか……。
「コボルトの村はどっち?」
「ええと……、あっ、あっちの明るいほう!」
外は真っ暗だったけれど、森の中が明るい……というよりも、あれは、火事!? 急がないとコボルトたちが……! 逸る気持ちを隠せずに飛び立とうとすると、バーナードに手首を掴まれた。
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