140話
アルマの言葉に、私は目を大きく見開いた。
「じ、侍女?」
「はい。私はアクアさまのもとで働きたいのです」
ちょっと頭が混乱してきた。
どうしてわたしのもとで働きたいと思ったのだろう?
「文通をして、アクアさまの人柄がよくわかったつもりです。それに、アクアさまに女性の護衛が必要だとも思いました」
女性の、護衛?
――って、まさか、アルマがその護衛になろうとしている!?
「ディーンさまやバーナードさまよりも弱いことは自覚しております。ですが、どうか、私を使っていただきたいのです」
「え、えええ……?」
わたしは困惑した。
そりゃあこんな提案されるとは思っていなかったからね!
アルマの真剣な表情に、どう答えれば良いのかわからない。
……でも、きちんと彼女と向き合って、答えを出さなくては。
「……いつから、考えていたの?」
「アクアさまの手紙が二回目に届いたときには……」
ってことは、結構前から考えていたってことだよね。
「アルマのご両親はそのことを……」
「存じております。両親からは、『あなたの好きなようになさい』と」
良いのかマクファーソンのご両親!
断る理由はないけれど、わたしは結構危険な立ち位置にいる、と思う。
「危ないことがあるかもしれないよ?」
できるだけ、そういう危険からは遠ざけたいとは思う。でも、わたしの侍女ってことは、きっとずっと一緒にいるつもりなのだろう。
――巻き込むことになるのが、怖い。
「そのときは、必ずお守りします。……私たちで」
「え?」
アルマの服から、ぴょこんとスライムが飛び出た。
つるつるボディのスライム。マクファーソン家で見た魔物。一緒に来ていたんだ。
「……ん? たちっていった?」
「はい。私はこの子を従魔にしました」
あまり聞かない言葉を聞いてきょとんとした顔をすると、アルマは簡単に説明してくれた。
魔物と契約を交わすことで、自分と一緒に戦ってくれるらしい。
で、その契約を交わした魔物のことを従魔と呼ぶそうだ。契約を交わした人間のことは魔物使いと呼ぶらしい。
……わたしたちとコボルトとは関係性が違うみたいね。
「そっかぁ……。はぐれスライムがアルマの仲間になったのね」
「はい」
つるつるぷにぷにのスライムを愛しそうに撫でて、アルマは笑う。
「そして、出来ればアクアさまに真名の誓いをしたいと考えております」
「ええっ!?」
まさかアルマに真名の誓いといわれるとは思わなくて、大きな声を上げてしまった。
同性同士の真名の誓い。
それは決して裏切りませんというか……親友になりましょう、って感じだったハズ……!
わ、わたしとアルマが親友に?
「……ダメ、でしょうか……?」
「えっと、待って。混乱しているの。嬉しいけれど、真名の誓いはもうちょっとあとでもいいのでは……?」
「いえ、是非、いまここで。この神聖な場所で誓いたいと思い、ここまで来たのです」
アルマはにっこりと微笑んでそういった。
彼女は、どんな気持ちでここまで来たのだろう……?
「ええと……、わたしと親友になりたいって考えてくれたんだよね?」
こくり、と彼女の首が動く。
「……嬉しいけれど、困惑が勝っているの。文通をして、アルマの人柄はわかっているつもりだけど、本当につもりだから……。でも、ええと、本当にアルマがそれを望むのなら、――いいよ」
ぱぁっとアルマの表情が明るくなった。心なしか、スライムも。ぴょんと跳ねて、着地する。弾力のある体がぷるるんと揺れた。
――どうやらスライムも一緒に真名の誓いをするみたいだ。
アルマはわたしに向かい、カーテシーをした。
「アルマ・エメライン・サラ・マクファーソン。我が真名に掛けて、アクア・ルックスさまの良き友になることを誓います」
それに同調するようにスライムが跳ねた。
「シオンもアクアさまのことが好きになったようです」
「……そっかぁ。よろしくね、シオン。そして、アルマ」
「はい」
わたしはそっと手を差し出した。
ぎゅっと握り返されて、ぴょんとスライム――シオンが跳ねて、わたしたちの手に乗った。ぷにぷにのボディはひんやりとしていて、心地よかった。
「それでは今日から、アクアさまの侍女になりますね」
「今日から!?」
もしかして、アルマが大きな荷物を持っているのは、そのためだったの? と目を丸くして驚いていると、アルマはくすくすと笑った。
その姿を見て、まあいいか、なんて思っちゃったりもして。
「……でも、本当に良かったの?」
「はい。アクアさまのお役に立ちたくて、ここまで来たのですから。それに、……アクアさまなら、シオンを受け入れてくれるでしょう?」
スライムがじっとこっちを見ている……気がする。
「……受け入れるというか、敵意がないなら魔物とも戦う理由はないし……」
人間を襲う魔物たちは瘴気を纏っている。
見ればすぐにわかるほどに。
でも、このスライムにも、コボルトたちにもそれは見えない。
――人間を襲う魔物と、共存を求める魔物の違いって、なんだろう……?
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