後編
「ヴェラ様―――――――――――!!」
次の日の夕方、昼寝をしていたのだが、私を呼ぶ声が聞こえ、叩き起こされた。
「……なんですか? こんな時間に……そんな大声を出さなくても大丈夫ですよ」
「あ、申し訳ございません」
全く、この人はいつもテンションが高いな……悪い気はしないけど。
「さぁ、今日は綺麗な星空を一望できる場所を貸し切ったので、一緒に行きましょう!!」
「はい、準備をしてくるのでしばしお持ちを」
「はい!!」
昨日の宣言通り、今日は星空を見せてくれるらしい。
実際昨夜はそれが楽しみで……あまり眠れなかった。
昼寝をしていたのもそれが理由だ。
「お嬢様……よろしいでしょうか」
準備をしていると、使用人のカリナが話しかけてきた。
「なに? 手短にね、今から彼と出掛けるから」
「その……クルス様についてです」
「え?」
私は彼の名前に引っ掛かった。
「お父様より連絡があり、『クルス様との婚約話があるから近日中に屋敷に来るように』と」
「……」
……都合のいい父親だ。
別に私は彼の事……魅力的だとは思うけど、別にそういう関係はないと思っているのに。
ましてや、今までこの陸の孤島に閉じ込めていたのに、公爵家と脈ありになった途端これとは……一体何なんだ?
「……わかった」
私はそう言って、出掛ける準備を続けた。
☆
「さぁヴェラ様! こちらへどうぞ!」
「は、はぁ……」
外に出ると、昨日のような馬車ではなく、馬たった一頭が私たちを待っていた。
「あの……これで行くのですか?」
「はい!!」
「……」
この人……馬鹿なのか?
なんでこんな夜更けの寒いときに馬車じゃないんだ?
「実は途中、馬車では到底登れないようなところがありまして……この馬は、丘の上まで登ることができる、凄い馬なのですよ!」
「へぇ~」
前言撤回、ちゃんと理由があるそうだ。
馬鹿とか言って申し訳ない。
「さぁ、これを……」
「あ、ありがとう」
クルス様は寒いと思ったのか、自分の着ていた上着を差しだしてきた。
コートはぶかぶかで、全く私の背丈には合っていない。
でも……彼の体に接していたのか、とても暖かい。
それに……彼の匂いがする。
クルス様ってこんなにいい香りがするのだろうか? なんだろう、男性って香水をあまり使わない印象があるのだが、このコートからはラベンダーのような……。
って、いけない、私ったらなんてことを……。
「さ、行きましょう!」
「は、はい」
私はクルス様にエスコートされ、馬に乗った。
「さぁ! かわいいサザンちゃん! 目的地へ頼むよ!」
「さ、サザンちゃん!?」
「この馬の事ですよ! 私が小さい頃から一緒なのです!!」
「へぇ~」
馬を育てる……か。
私もあんな所にいなかったら、育てることができたのかな。
「さぁサザンちゃん! 行きましょう!」
クルス様がそう呼び掛けると、サザンちゃんは走り出した。
☆
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です……」
うぅ……揺れる……。
気分が悪い……。
「さぁ、ヴェラ様こちらへ……」
「あ、申し訳ございません……」
クルス様は気分が悪い私を抱えてくれた。
サザンちゃんに悪気は無いのだろうけど、足元が悪い所を走行する時はもうちょっと減速してほしい……。
私は吐き気を我慢するため、荒い呼吸を続けた。
「さぁ、ここです!」
クルス様が上を指差してそう言った。
頼むから今は話しかけないでほしい……最初はそう思った。
でも、上を見上げると……。
「うわぁ……」
満天の星空が広がっていて、私の吐き気が引っ込んだ。
星空自体は屋敷からでも見えるが、ここまで満点な星空はそうそう見えない。
私は空に浮かぶ宝石たちをただまじまじと見ていた。
「どうですか? 気に入っていただけました?」
クルス様はそういう。
答えは勿論……。
「はい、とても気に入りました」
あれほど険しい道を通ってここに来た甲斐があった。
私はそう思った。
険しい道……思えば、クルス様が私をここまで連れてくるのもそうだったのかもしれない。
恐らく、お父様から飛び地に入る許可を取るのも一苦労だろう、あの頑固な親父の事だ、最初の答えはNOだろう。
だが、彼の猛烈アタックで入ることを許可した、結婚話もそんな経緯で持ち出されたのだろう。
結婚話、屋敷、お父様……私は嫌な事を思い出してしまった。
「ヴェラ様? どうかされました? またご気分が悪いんじゃ……」
「あ、いえ……」
「……」
クルス様は真剣な表情で私を見つめる。
な、なんなんだろう?
「ヴェラ様、私はヴェラ様を愛しております」
「は、はい……」
「ですが、ヴェラ様が私の事をよく分からないのも存じております」
「……」
私はクルス様の言っていることを黙って聞いていた。
「私はヴェラ様に笑顔でいてほしい、狭い飛び地からあなたを連れ出して、広い我が家へと招待したい、そこで一緒に笑顔になりたい」
「……」
「ですから……私とお付き合いしていただけないでしょうか?」
「……」
私は答えに迷っていた。
最初はほんの暇つぶしでデートに付き合っていたが、彼は私をまっすぐ見つめてくれている。
笑顔が素敵だと言った、美しいと言ってくれた。
遠くから私を見ていて、近づきたいと言った。
私は、彼の事……好き……なのかな?
お父様が提案する婚約話……それを考えると、私は答えが出せないでいた。
「あの、クルス様」
「はい!」
「……実は、お父様より、クルス様との婚約話があるそうです」
「なんと!」
クルス様は衝撃的な顔をした。
「……ですが、私は」
「そんな! 今まで飛び地に隔離しておいて、何と図々しい!」
「……え?」
クルス様が……初めて怒った?
「そ、それで! お父様はなんと?」
「は、はい……近日中にクルス様とアルセフィナの本家へ来るようにと」
「……」
クルス様は険しい表情になり、私を抱えている腕が震えだした
「あぁ! なんと腹が立つのでしょう!! こんなに都合よく自分の娘を利用するなんて、最低です!!」
「……」
「ヴェラ様はまだ私の事を何とも思っていないのに……これはひどすぎる!!」
「あの……クルス様?」
クルス様は星空の下でお父様に対する罵倒を言い放った。
……正直嬉しい気持ちもあった。
「ヴェラ様! 明日、文句を言ってやりましょう!! ヴェラ様には私と婚約するつもりがないということを!!」
「え、えぇ!?」
な、なにそれ!?
「全く腹が立ちますね! ヴェラ様は私の事なんかこれっぽっちも興味がないのに!! 私が一方的に好きなだけなのに!!」
「……」
なんだろう、恥ずかしい。
別に、これっぽっちも興味がないわけじゃないんだけど……って、これ彼の事意識してるってことじゃ!?
……さ、さっき思ったことは、本当なのかな? 私は彼の事、好きなのかな?
彼は……確かに魅力的な男性だ。
私の為に滝や星空を見せてくれて、私の為に泣いてくれて、私の為に怒ってくれて、私の為に笑ってくれる。
私は……。
「あの! クルス様!」
「は、はい!?」
先ほどからお父様を罵倒しているクルス様に私は話しかけた。
「確かに、婚約話についてお父様に言うべきだとは存じますが……」
「……はい」
クルス様は私の言っていることを真剣に聞いてくれている。
……思い切っていってしまおう。
「その……私は……クルス様の事……」
「私の事……?」
「す……好きです!!」
私は口を開いてそう言った。
私は彼の事が好き。
婚約は……まだ早いかもしれないけど、これだけは本心だと言える。
私の気持ちを伝えると、クルス様は、恥ずかしがっているのか顔を真っ赤にしていた。
……さっきから私への愛を叫んでいたのに、何で今になって恥ずかしがってるんだろう?
「そ、その……それは本当なのですか?」
クルス様は恥ずかしがりながらそう言った。
「は、はい……本当です! えぇ!」
私は彼をまっすぐ見てそう言った。
「じゃ、じゃあ、その……正式にお付き合いするということで……よろしいですか?」
「……はい! 私を、またどこかへ連れて行っていただけませんか? クルス様」
「……もちろんです! この王国の外でも!」
「……ふふふ、ありがとうございます」
「あぁ! ヴェラ様の笑顔! 美しい!」
「あ、あんまり大声で言わないでくださいよ……恥ずかしいです」
星空の下で顔真っ赤な男女が愛を語り合った。
この地で、私とクルス様のお付き合いが正式に決定した。
☆
「なんですと? 婚約はまだ早い?」
「はい」
アルセフィナ伯爵家の本家の屋敷。
私の横で座っているクルス様は、お父様にそう訴えた。
「何故です? アクルックス様は娘に興味がお有りなのでしょう?」
「はい、確かにそうです、ですが、私は彼女の意見も尊重したいと存じます」
「……」
お父様は無言で私を睨みつけた。
恐らく、このまま結婚をすれば、厄介払いができるだけではなく、公爵家に嫁がせたことで地位を得ることができたのに、こいつは何を吹き込んだんだ? というようなことを考えているんだろう。
はぁ……本当に嫌だ。
「アルセフィナ殿下、失礼を承知で、よろしいですか?」
「なんでしょうか」
クルス様はお父様をまっすぐ見つめ、再び訴えた。
「私はヴェラ様を愛していますが……私は貴方が嫌いです」
えぇ!? ちょっと何言ってるのこの人!?
「こんなに美しい女性を飛び地へ幽閉したばかりか、食料と水と多少の小遣いだけを送ってほったらかし、挙げ句私との関係ができるとすぐにすり寄ってくる、図々しいと思いませんか?」
「……」
お父様は衝撃的な顔をしていた。
……それを見て私は笑いをこらえていた。
「繰り返し伝えますが、ヴェラ様はとても美しい黒髪をしている、巷では彼女を暗黒令嬢だと言い放つ不届き者がいらっしゃるようですが、私は彼らも貴方と同様に嫌いです」
「……」
「いずれ私たちは婚約しますが……アルセフィナ伯爵家とは関係を持ちません、お父様にもそう伝えるつもりでございます」
「……」
お父様は怒りを我慢しているのか、拳を握りしめていた。
公爵家のクルス様に怒鳴り散らしたら、後に何をされるか分からない、だから耐えているのだろう。
いい気味だ。
「ですが、ただ関係を断ち切るだけでは納得しないでしょう、そこで提案です」
クルス様は大金の入った袋を取り出した。
「婚約が決定した時、このお金と引き換えに、ヴェラ様がいらっしゃる飛び地をいただきたい、もちろん、お父様の許可は得ています、いかがですか?」
お父様は大金を見るや否や、拳を緩め……笑顔を見せた。
「いいでしょう、いいでしょう! あんな土地、差し上げますよ! えぇ!」
……都合のいい奴。
でもまぁ、これでこの野郎との関係が断てるのはいいことだ。
☆
「今日はありがとうございました、クルス様」
「いえいえ! 愛するヴェラ様の為です! このくらい!」
クルス様は笑顔でそう言った。
婚約……か、確かにこの人と結婚したら……幸せになる未来しか見えないかな。
私をまっすぐ見てくれて、私を守ってくれて、私の事を本気で愛してくれる人。
……結婚は、そう遠くないかな。
「さぁ! 忌々しい貴方のお父様から解放された記念に、今日は私の屋敷でパーティでもやりましょう! お父様もヴェラ様に会いたがっていましたよ!」
「ふふふ、そうですね」
きっとこの人となら、どこへでも行ける気がする。
私はそう考えて、馬車に乗り込んだ。
「あぁ! お足元にご注意ください! 私が補助を……」
「い、いいですよ!」
「そんなこと言わずに……ってうわぁ!?」
私はクルス様に抱きかかえられ、目を開けると……。
「んん!?」
……唇を合わせていた。
間近で見るクルス様は……真っ赤だった。
「あ、いやこれは……」
「あ、その……」
しばらく唇から離れると……気まずい雰囲気が流れた。
でも、嫌ではなかった。
「もう……そそっかしいんですから」
私は恥ずかしがりながらそう言った。
「も、申し訳ございません……」
クルス様も、恥ずかしがりながらそう言う。
……似た者同士、かな。
「さ、さぁ! 行きましょう!」
「え、えぇ!」
私たちはお互いに緊張しつつ……馬車に乗った。
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