前編
私は「ヴェラ・アルセフィナ」、アルセフィナ伯爵家のご令嬢……と言えば聞こえはいい。
私は生まれつき、髪が黒い、理由は不明だ。
父は金髪だし、母は茶色だ。
一体どういう経緯で黒くなったのか……見当もつかない。
そんなこんなで、私は世間から「暗黒令嬢」などと言われ、両親は私を「気味が悪い」と吐き捨て、アルセフィナ伯爵家領の隣、クラックス公爵家領内にある飛び地の中に幽閉されてしまった。
飛び地……簡単に説明すると、他の領内に、別の誰かの領土が入っているのである。
この場合、クラックス領の中にあるアルセフィナ領の土地に私がいる……説明するとややこしいな。
地理的に言うと、巨大な川を境界線に東側にアルセフィナ領と西側にクラックス領が分かれているのだが、西側のほんの一部分がアルセフィナ領のところがある、私はそこに建っている屋敷にいる。
こうなった理由は、聞いた話だと、川の流れが変わったかららしい、即ち私がいるところは昔、川だったのだ。
なので、クラックス領内には歩いていけるが、アルセフィナ領に行くためには船を使わなければならない。
非常に面倒だ、だからこそ、私をこんな所に隔離したのだろう、二度と顔を見たくないから。
「お嬢様、お食事の用意ができました」
使用人のカリナが声を掛けてきた。
この飛び地の中の屋敷で、私と2人きりで暮らしている。
カリナは女だが、男装をしている……曰く、こっちの方が動きやすいから、らしい。
カリナによくこう質問している「貴方は私の世話をして退屈じゃないの? 私は別に一人でもいいのだけれども」と。
するとカリナは「私は一生貴方様の世話をしたいと存じます」と言ってきた……一体何のつもりなのだろうか?
私の一日はここで、食事をして、本を読んで、たまに外で空気を吸って、寝て、食事をして、本を読んで……。
その繰り返し、それ以上もそれ以下もない。
今日もそんな生産性も何もない一日が過ぎる……筈だった。
☆
「ヴェラ様! 私とお付き合いしてください!」
「……は?」
突然、クラックス公爵家のご子息が訪問してきて、開口一番こんなことを言ってきた。
最初にここに来た時は「お父様の許可を貰ってください」と言ったが、「既に許可を貰っている」と言って紙を出してきたので、渋々中に入れた。
お付き合い……即ち彼は、私を愛しているという事らしい。
だが……。
「申し訳ございませんが、私は貴方に興味がありません」
そう、彼のことは何も知らないし興味もない。
むしろ、このままこの平穏な生活を邪魔されるとなると、嫌になる。
ここは丁重にお断りしよう。
「なぜですか!?」
「うおぉ!?」
突然ご子息様が身を乗り出してそう訴えかけた。
な、なんなんだこの男は……。
「……逆に聞きたいのですが、なぜ私とお付き合いしたいのですか?」
「そりゃあもう! 貴方がとても美しいからですよ!」
「は、はぁ……」
美しい、今まで気味が悪いとしか言われなかったので、その言葉に新鮮味を感じた。
「その美しい黒髪! 美しい白い肌! 美しい青い瞳! 美しい黒いドレス! そしてたった今初めて聞いた美しい声! どれに至っても完璧です! 貴方以上の女性は他を探しても見つからない!」
「はぁ……そうですか……」
なんなんだこの男は……これ二回目だな。
ご子息様は私の事について大声で熱弁した。
「ですが!! 今までは遠目で見つめることしかできなかった!! 歩いていけばすぐなのに許可を貰わなければ直接お会いすることができない!! なんということだ!!」
「……」
なんでこの人、舞台で芝居をしているような感じで話すんだろう。
私はつい黙って聞き入ってしまった。
「私は貴方の事がもっとも――――っと知りたいのです!! 好きな食べ物はなんですか? ご趣味は? タイプの男性は? 全てが知りたい!!」
「あ、あの……少し落ち着いてください」
ご子息様は気持ちが高ぶり過ぎたのか、私の手を掴んで、訴えかけた。
私はその腕をゆっくり離した……なんというか、怖い。
「まず、貴方の名前が分からないのですが……」
「あ、申し遅れました!! 私はクラックス公爵家の『アクルックス・クラックス』と申します! 気軽に『クルス』とお呼びください!!」
「は、はぁ……よろしくお願いします、クルス様」
クルス様……よく顔を見てみると、悪くはない、男らしさも感じる。
金髪に整った顔、手から感じた逞しい感触。
まぁ、どの道私はここで生涯を過ごす事になるのは目に見えていたし……退屈しのぎで付き合ってやるか。
「お付き合いの件ですが……いいでしょう、私も貴方の事が気になってきました」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
どうせ興味があるとは言っても、すぐに飽きるだろう。
私は彼の事を、最初はそんな風に考えていた。
☆
「ヴェラ様! 今日はクラックス領内の美しい滝をお見せします!」
「はぁ……」
翌日、クルス様が飛び地にやってきて、そう言った。
「今日もとても美しいですね! ヴェラ様! 黒の衣装も素敵でしたが、白の衣装も美しい黒髪がより美しくなっていて素晴らしい!! あぁ……ヴェラ様……」
「……」
昨日と同じように、クルス様は私への愛を熱弁している。
なんだろう……気持ちが悪いと感じる一方で、そんなことを言われたことが無かったので、嬉しくも感じる……気持ち悪いのが現状勝っているが。
「さぁ、ヴェラ様、馬車までエスコートを……」
「いいです、一人で行けます」
「お、お待ちください!」
別にこの男の助けなんか借りなくても、馬車までなら歩ける。
私はそう考えて、歩き始めた……が、その時、何かに躓いた。
石だろうか? 木の根っこだろうか? 何かは分からないが、地面がこちらに接近してきていることはわかった。
「危ない!」
咄嗟に、下から何か力が働いた。
我に返ると、それがクルス様の腕であることが分かった。
クルス様は私を抑えると、立ち上がらせて、両肩を掴んだ。
「大丈夫ですか!? お怪我は!?」
「だ、大丈夫です……」
「心臓が止まるかと思いました! 本当に大丈夫なのですか!?」
「大丈夫ですよ!」
私はクルス様の手を振り払った。
「ダメです! 私がエスコートします!」
「ちょ、ちょっと……」
クルス様は私の腕をがっしり掴み、歩き出した。
「ヴェラ様! 自分のお体を大切にしてください! 貴方のその美しい体に傷がついたら……私は……」
「……クルス様?」
クルス様は突然……泣き出した。
「あ、申し訳ございません……」
クルス様は涙を拭き始めた。
……何なんだこの人は……あぁもう!
「……これで涙を拭いてください、みっともない」
私はドレスのポケットからハンカチを取り出して手渡した。
「申し訳ございません……ダメですね、男らしくなくて……」
クルス様は涙を拭き始めた。
そこまで私の事を気にかけているの……? どういうことなの。
意味が分からない、何故私に対してここまで感情的になるのだろうか……。
ただ、彼が私の事をそこまで愛しているというのは伝わった。
「さ、さぁ! 気を取り直して! 行きましょうか!」
「えぇ……」
クルス様は涙を拭くと、すぐさま笑顔になった。
……立ち直り早いな。
私はクルス様にエスコートされ、馬車に乗った。
☆
「見てください! あの農場! 最近不作が続いていたのですが、ここのところは成績が良くて……」
「……」
なんだろう……話が絶望的につまらない。
自分がどうとか、自分の領地がどうとか、一体何なんだろう?
私の事を本当に好きなのか……?
「あ、申し訳ございません! つまらないですか?」
「あ、いえ……」
「そうですよね……私としたことが、自分の話ばかりで……」
どうやら自覚はあるらしい。
……悪気は無いようだから許してあげようか。
「いいですよ、クルス様がこの土地を愛しているのはわかりましたし」
「いえ! 一番愛しているのはヴェラ様ですよ!!」
「そ、そうですか……」
……なんなんだろう、さりげなく愛を伝えるこの度胸は。
恥ずかしいじゃん……。
「さぁ、もうすぐ目的地ですよ!」
「は、はい!」
私は思わず、彼に乗せられた。
☆
「どうです? 壮大でしょう?」
「うわぁ……」
私はその光景に圧倒された。
滝というのは、本で見たことがある。
絵でみた滝よりも、素晴らしい。
けたたましい音を立て、山の頂上から地上まで水が落ちて行っている。
素晴らしい……。
「私はこの風景が2番目に好きなのです!」
「2番目? 1番は何なのですか?」
「それは勿論! 自分の領地から見る、ヴェラ様です!」
「は、はぁ……」
き、気持ち悪い……。
でも、会いに行けなかったと考えるならば、仕方がないのだろうか? ……まぁ、愛してくださるのなら、いいでしょう、うん。
「ヴェラ様!」
「は、はい!?」
「ヴェラ様は、他にどんな風景が見てみたいですか?」
「ふ、風景? そ、そうですね……」
な、なんだろう、見たい風景……うーん。
あ、一つあった。
「……星空、ですかね」
「星空……ですか!」
クルス様はまた熱い笑顔になった。
「わかりました! 明日の夜、星空を一望できる所へお連れしましょう!」
「あ、ありがとうございます」
正直、楽しみだ。
この人は……まだあまりよく分からないけど、でも、私に喜んでもらいたいというのは分かった。
「さぁ、この滝をバックに食事をしましょう! お食事を!」
クルス様は使用人を呼び出し、食事が入っているだろう、バスケットを持ってきた。。
バスケットの中にはサンドウィッチが端から端まで詰められていた。
別の使用人が、どこから持ってきたのか小さいテーブルと椅子、そしてお茶の入ったティーポットを持ってきた。
準備が早すぎる……。
「さぁ、お掛けになってください!」
「は、はい……」
私はクルス様に誘導され、椅子に腰を掛けた。
……座り心地が悪い、座った瞬間にガタガタ揺れる、岩肌の上に椅子を置いたらそりゃこうなるよね。
「す、座りづらい……」
どうやら、クルス様も同じ意見らしい。
まさか……考えなしにやった? 馬鹿な人。
「ふふふ……」
「え!? 今笑いました!?」
「は、はい!?」
どうやら、自然と笑いが出てしまったようだ。
クルス様は私の笑顔を見て、驚きの表情を見せている。
そんなに衝撃的? 失礼だな……悪い気はしないけど。
「笑顔もとっても素敵です! ヴェラ様!」
「あ、ありがとう……ございます……」
なんだろう、褒められると……照れる。
「もっと見せてください!」
「あ、ちょっと……きゃあ!?」
「ヴェラ様!?」
クルス様がこちらに乗り出し……私は、川へ投げ出された。
川の流れはそこまで早くなく、尚且つ深くもなかったので、私は自力で抜け出した。
ふう……体が濡れただけでなんとも……。
「ヴェラ様あああああああああああああ!!」
「あ、ちょっと……」
クルス様がこちらへ飛び込んできて……お互いに頭を強打して、私は気絶した。
☆
「……様! ……ェラ様! ヴェラ様!!」
「……」
目を開けると……目の前には……。
「クルス……様?」
「良かった! ヴェラ様!」
「あ、ちょっと……」
私が返事をすると、クルス様は私を抱いた。
い、いきなり何!?
「あ、あの……苦しいです……」
「あ、申し訳ございません……」
クルス様が抱く力は……かなり強かった。
恐らく私でなかったら押しつぶされている事だろう。
「全く……クルス様はそそっかしいんですから、あんな浅くて流れも遅い川で私が死ぬとでも?」
「……申し訳ございません」
「あ、いや、えっと……」
クルス様は……また泣き出した。
あぁもう! めんどくさいんだから!
「……でも、あなたがそれほどまで私を心配してくれてるのは……嬉しいですよ」
「そ、そうですか!」
クルス様は再び笑顔になった。
なんだろう、喜怒哀楽が凄まじい人だな。
「さ、さぁ、お食事の続きをやりましょう!」
「は、はい……」
私は調子を取り戻したクルス様に連れられ、席に戻った。




