この世界の全てのスキルが使える俺のお祈りスロット 〜同じスキルが三つ揃うと何かが起こるらしい〜
「おいおいおいおい聞いてねぇってそんなのー!」
薄暗い洞窟の中を駆け抜ける。《暗視》スキルのおかげで段差につまづくことは無いが、それでも俺の背後を追いかける化け物を振り切ることは叶わない。
「《聖なる力》が効くと思ってわざわざこのクエスト受けたのによ! 全然効かねぇ! 死神が神を語ってんじゃねえよ!」
不満を吐き散らしながら背後を振り向くと、真っ赤なローブを纏い、黒い肌をした顔のない男が浮遊してとんでもない速さで追いかけてきている。
舌打ちをして前を向き、俺は手のひらを上に向けた。
そこには『3』と示され、それが2、1と減る。
そして『リセット』と記された瞬間、俺は洞窟の隅々にまで響くような声量で叫んだ。
「リセット!」
声に応答して、目の前に緑の三つの枠ができた。そこにはそれぞれ《暗視》《聖なる力》《身体強化》と書かれている。
頭の中にいつもの声がした。
『本当によろしいですか?』
「ああ!」
『それでは、現在のミラック様のスキルをリセットし、新たな能力を抽選によって決めさせていただきます』
枠の中の単語が全て消える。身体能力のバフが無くなって一気に失速することに焦る。
そして、文字があった場所には「?」のマーク。
息も絶え絶えになり、死の恐怖に怯えながら、俺はただ早く、早くと願う。
『それでは、抽選を行ってください』
「頼むぜ神様!」
自分の全ての運を絞り出す気持ちで、俺はその三つの?を殴りつけた。
「来い!」
真後ろに死の気配。
俺は一つ目のスキルを見る。
『勇気』
ハズレだ。大ハズレだ。
次を見ようとした。だがしかし、俺が二個目を視認する前に死神はその手を振るう。
黒い手刀が俺の首をいとも簡単に掻っ切った。
酷い馬車酔いと同じ気分を空中で感じる。ああ、俺の人生もここまでかーー
刹那、朦朧とした脳内に二つ目のスキルがアナウンスされた。
『不死』
首の切断面が熱く疼く。瞬きをすると、原理はわからないが俺の頭はきちんと体と元通りに繋がっている。
慌てて俺は三つ目のスキルを見る。
『神に反する者』
来た。
俺はにたりと笑って、一丁前に手入れをしている愛剣を引き抜いた。その刀身は眩く輝いている。
「悪いな死神様! 大人しくやられてくれよ!」
俺は満面の笑みで死神へと斬りかかった。
ーー ーー ーー ーー ーー
「かー! ボロ勝ちした後の酒は最高だぜ!」
「ミラックさん、徹夜明けの昼からそんなに飲んで大丈夫なんですか……?」
「おうよ! 俺が酒に強いってのは知ってるだろ?」
「まあ、一応……」
まったく、余計な心配をされたもんだ。俺はテーブルの向かい側に座る顔立ちの整った青髪の華奢な少年へ、ずいっと肉の乗った皿を押した。
「ほら、ウィム、奢りだ。お前ちゃんと飯食ってんのか?」
「ありがとうございます。もちろんちゃんと食べてますよ? 一日二食」
「足りねぇよ。三食食え三食。健康な体は飯の回数からだ」
俺は皿の肉を一切れ摘んで口に運んだ。やはり肉は酒に良く合うな。
昼間のギルドは夜ほどではないが人で賑わっていて、喧騒が耳に心地良い。俺はなじみのある顔を順々に見回してからウィムに視線を戻す。
ウィムはフォークで肉をちまちまと食べながら言う。
「それにしても、そんなに危なかったんなら、そろそろミラックさんもパーティーを作ればいいのに」
「そんなことできねぇよ。お前は見たことあるだろ? 俺の戦い方。あんなの他人に見せられるか?」
「あはは。まあ、確かにそうですね。王都冒険者百選に選ばれるような実力者が蓋を開ければ神頼みの運頼みなんて知られたら、仕事貰えなくなっちゃうんじゃないんですか?」
「それが否定できねぇんだよなぁ」
俺は深々とため息を吐いた。もし仕事が無くなりなんてしたら、俺はどう生きていけばいいんだ?
それに、俺はなるべく自分の弱点を晒したくはない。なるべくな。
少し気分が落ち込んできたのを自覚して、よしっと口の中でつぶやいて手のひらを上に向けた。
「それじゃ、気分転換にリセットでもするか」
「えっ、リセットしちゃうんですか?!」
ウィムが驚いた声を出す。
「なんだよ、珍しくそんな大声出して」
「いや、だってせっかく《不死》引けたんですよね? なのに手放しちゃうんですか?!」
「そうだが」
当たり前だという意を込めてそう答えると、ウィムはさっきの俺よりも大きなため息を吐き、机に肘をついて頭を抱えた。なんだ、そんなに俺はおかしなことをしようとしてるのか。
俺はリセットをかけ、毎度スキップできない微妙に長い説明がある間にウィムに言う。
「前々から言ってるが、俺は絶対に妥協しねぇ。《豪運》《不死》《創造》。この三つを揃えて都の郊外でゆったりほのぼの暮らすんだよ」
「うわぁ、口調に合わない理想ですね……」
「うるせぇ!」
そんな話をしている間に説明も終わり、俺はダンダンダンと?を叩く。
「《水魔法》《神通力》《重力》……微妙だな。まあ三つ目はまだ使えそうか」
「それ、普通の人なら当たりなんですけどね」
「まあな。まったく、贅沢なスキルを手に入れたもんだぜ」
『一度限りその場でのリセットが可能です。リセットしますか?』という質問に『いいえ』と答える。
俺のスキル、《スキルスロット》は俺を王都の中でも指折りの実力者にのし上げさせた。全世界全人類の持つスキルの中からランダムで三つのスキルを付与するというもので、これだけ聞けばありえないほど強いスキルのように思われる。
残念ながらそんなことはない。
この世界のスキルは一人につき一つしか与えられないというのにほとんどが有象無象の役立たずで、ほとんどの人間がスキルを隠して生きている。飛び抜けたレアスキルは滅多に引き当てることはできない。
このスロットで出るのは八割がたがその有象無象。俺がここまで来れたのは、ほぼ運だろう。
そして俺とは違う、強力でレアなスキルを持つ人間がここのようなギルドに集まるのだ。
ちなみに今回の俺の三つのスキルだと、《重力》は使えるんじゃないだろうか。残りの二つは名ばかりの残念なスキルだ。この前《水魔法》を使ったが、水たまりぐらいの水量しか出なかったしすげぇ疲れた。
このスキルをどう使ってやろうかな、と考えていると、にわかに入り口の方がざわめいた。俺とウィムは同時にその方を向く。
その盛り上がりの中心にいるのは、見るも美しい白銀の鎧をまとった美女だ。光を発しているかのような黄金の長髪を後ろでひとつにまとめ、凜々しい碧い瞳はまっすぐ前だけを見据えている。
王都で人気の白銀の舞姫の姿を目で追っていると、ウィムが興奮気味の口調で言う。
「わぁ、久しぶりにお目にかかりましたね。リル様じゃありませんか。珍しい」
「だな。戦闘大好き筋肉お嬢様だ」
「ちょ、ミラックさん! やめてくださいよそこそこの声量で!」
「悪い悪い。ま、聞こえてねぇだろ」
そう口では言いつつも内心どきどきしながら伺うと、やはり周囲には目もくれずに受け付けに向かってやりとりをしていた。危なかった、今のを聞かれてたら首が飛んでたかもしれねぇ。
若干反省をしつつ俺は体を元の向きに戻した。当然ウィムが視界に入る。俺はじっとウィムを見つめた。
「……どうかしました?」
そうきょとんと首を傾げるウィムを見て、俺はつぶやく。
「なんか、お前女っぽいよな」
「……ミラックさん。やっぱりあなた、言葉に気をつけた方がいいですよ? 僕がこの国の裏の一部を握ってること、忘れてないですか? あと女っぽいって言って僕を怒らせるの何回目ですか。いい加減学習をですね……」
「わーわー! 悪かった悪かったって! スイーツおごるから! な?」
「……ならいいですけど。はあ、まったく」
俺は自分のほおが引きつっていることと、さらにウィムがやはり女っぽいことに苦笑した。甘いもので怒りが収まるのは女だろ。自覚なさそうだがな。男は酒と肉で許すんだよなぁ。ともかく、約束通りフルーツの盛り合わせを注文する。
ウィムは、さっき自分でも言っていたとおり、こんな弱そうな細い見た目をしてこの国の裏の面で活躍する凄腕の暗殺者だ。普段はこうしてギルドで俺とだべっているが、こいつの場合は俺との会話よりもギルドで手に入るそこそこの情報のほうが目当てだろう。
フルーツが届いて、それを嬉しそうに頬張るウィムへ俺は言う。
「なあウィム。次のクエスト一緒に行かねぇか」
「次のですか? いいですけど、僕が付いていっていいんですかね」
「おう。ちょっと次はだいぶ大変なやつを選ぼうと思ってよ。あのお嬢様が注文するぐらいの」
俺がそう言うと、ウィムは「ふーん」とあまり興味のなさそうな返事をした。そして少し考えた後に口を開く。
「いいですよ。たまには僕も思いっきり戦いたいと思っていたところですから」
「よっしゃ! ありがとよ。それじゃ、それ食ったら受付に行こうぜ」
「はい!」
さて、ウィムが嬉しそうにフルーツを食べている間に、なぜ俺がこんなにも高難易度のクエストに挑むのかという理由を述べておこう。
理由は単純。命の危機に瀕した時ほど良いスキルを引くことができるからだ。
これは死神と戦った時もそうだったが、日常の中で手に入れたスキルはほとんど役に立たないような微妙なものが多い。これは以前もそうだった。名前だけは一丁前で、効力は微妙。
しかし、命の危機に直面したからこそ、あの幻と言える《不死》を手に入れることができたのだ。ゆえに、やはり強敵との戦いを経てこそ俺の夢も叶うということ。
フルーツを食べきったウィムは満面の笑みで立ち上がった。
「では、行きましょう!」
「おう」
俺たちは立ち上がって受付へと向かう。
「なあ、あいつまだ話してんな」
「あ、本当ですね。どうしたんですかね」
もう相当の時間が経ったというのに、あの有名人は何をモタモタしているのか。
その姿を端目に俺たちは受付の男へ話しかける。
「上級冒険者にしか開示されてない依頼はあるか?」
「おや、ミラックさん。ちょうどいい所に。では、こちらをどうぞ」
馴染みのある受付の男は手早く俺たちの前に三っつの依頼の用紙を並べた。
「いかがでしょう? 左から危険地帯ベバランドの調査、ジュエルドラゴンの鱗の採取、ベガラビットの捕獲です。おすすめはジュエルドラゴンですね」
「あれ、今日はなんだか少ないですね?」
「ええ。もう季節も冬が近づいていますし、皆様出費を抑えたいようです」
そりゃ依頼には金がかかるからな。まったく、この国の貴族共は金を持て余しているくせにケチなもんだ。
俺はじっくりとその三つの難易度を見比べる。やはり敵の強さという点では……。
「それじゃ、そのおすすめのジュエルドラゴンの討伐を貰うぜ」
「鱗の採取って書いてあるんですけどね……」
どっちも大して変わらんだろう。
「てか、お前がいて良かったぜ。これ必要人数が二人以上じゃねえか。一人だったらお預け食らうところだった」
「ですね! それにしても、ジュエルドラゴン……ふふ、お金がいっぱい稼げそう」
珍しく下品な笑顔を隠せないでいるウィムを見て俺は笑う。
「それじゃ、手続きをーー」
「ちょっと待ってください」
受注の手続きをしようとした時、隣から声がかかった。俺はむっとしつつそちらを見る。
予想した通り、白銀の舞姫はその強かな目でこちらを見ていた。
「なんだ?」
「ごめんなさい。その依頼を受けるのでしょう? 今、私もその依頼を受けようとして揉めていたんです。この私が受けるって言うのに、二人じゃないとダメだって」
随分と自信満々に不満を言うリルに、俺はついため息が出そうになる。ウィムは俺の隣で誤魔化し笑いをしながら、あ、と声を出して言った。
「仕方ないですよ。だってほら、『純粋悪魔の住処が近くにあるため注意』っていうふうに書いてありますし、さすがのリル様でも一人は危険ですよ?」
「え? あ、本当だ。ごめんなさい、見てなかったわ。純粋悪魔……なら、報酬もこんなに釣り上がりますよね」
そう再び依頼の紙に目を向けるリルと同じタイミングで俺も内容を読んだ。やべぇ、まったくその部分読んでなかった。
若干の焦りを感じる俺へ、リルは少し強めの口調で言う。
「これを受ける、ということは、お二人は悪魔を倒せる、と?」
「あ? ま、まあな。ああ、そっちに適性があるのはこいつだが。もちろん悪魔が出る前に退散するけどな」
俺はポンポンとウィムの頭に手を乗せる。ウィムは嫌がらずにむしろ「えっへん」という感じで胸を張る。
「で、まあジュエルドラゴンはたぶん、おそらく、俺がどうにかできる……かもしれないからな」
「まあ。そうなのですね。……ところで、お二人のお名前とスキルを伺っても?」
「俺はミラック。《スキルスロット》の使い手だ」
「僕はウィムって言います。スキルは《獣化》です」
「なるほど。ウィムさんは、そのスキルで純粋悪魔に対抗できるのですね?」
「はい。少し種明かしのできない特別な効力のある武器があるので、どちらかと言えばメインはそれですけれど」
俺は淡々と嘘をつくウィムを見た。いくらなんでもこのリルには大きな嘘をつかないだろうと思っていたら、全部嘘じゃねえか。お前人と戦う時以外は素手だろ。
じっとりとウィムを見ていると、それに負けない眼力でウィムがこちらを見た。慌てて話題を変える。
「それで? リルもこいつが受けたいってことか?」
「はい、そうなんです。最近少し、強敵と戦えてなくて」
「そ、そうか……」
なんだ、上級冒険者はみんな戦闘狂なのか。そんなに命を追い込んで楽しいのか? 俺はそうは思わねぇな。
そして俺は悩んだ。果たしてこいつを連れて行っていいのか。……まあ、俺がみすぼらしい戦い方を露見させたくないってだけで、デメリットはほとんどない。
「あの、連れて行ってくれませんか?」
リルはそう頼んでくる。俺はそこに純粋さを見出した。普通のやつなら、「〜の代わりに」とか、「できなければいい」とかなんとか言うだろう。
ただ、そう、こいつはなんというか……根っからのお嬢様なんだろうな。それがどこかのツボにハマったらしい。俺は勢いよく頷く。
「おう、いいぜ。ただ出発は今日じゃない。ちょっとだけ待ってくれ。すぐに引き当てるから」
「はい。わかりました。……引き当てる?」
「ああ」
俺は口の中で「リセット」と唱えた。
「良い戦いは良いスキルから、ってな?」
その時引いたのは、《火魔法》《泥人形》《水中呼吸》の三つだった。なんの役にも立たねぇな。
ーー ーー ーー ーー ーー
早く早くと急かすリルにまだだと言い続けて二日、ようやく《爆裂》《魔力耐性》《怪力》の三つのスキルを引き当てた俺はギルドへとやって来た。
そしていつもの席へと向かうと、険しい顔をしたリルと引きつった笑顔のウィムがいる。
「ねえ、まだなのでしょうか? 私、これで二日も戦えてないのですけれど」
「悪い悪い。やっと揃ったんだよ。じゃ、今からでどうだ?」
「ようやくですか?」
「ああ。ま、俺の中では相当の妥協だけどな」
本当は《怪力》ではなく《獣化》系の変化スキルが欲しかったが、こうも急かされたら仕方がない。
席に座るとリルの連れということもあってすぐに水が置かれた。ぬるいそれを一気にあおる。
「さあ、行こうぜ」
ジュエルドラゴンの住処はここから遠く離れた山岳地帯の洞窟のなかにある。ギルドの魔法陣を使って、俺たちは最寄りのテレポートステーションへと降り立った。
王都とは違ってそこは生憎の曇天で、俺は若干昂りかけていたテンションが下がるのを感じる。
しかし、対照的に隣のウィムは嬉しそうだ。
「わあ、良いお天気ですね! 元気が出ます!」
「んなわけねぇだろ。晴天が一番だ」
「そんなことないですよ! 日光は大変なんです」
そんなわけのわからないことを言っているウィムを、前を歩いていたリルが不思議そうな目で見た。
「そうでしょうか? 私も明るい方が好きですから」
「えー! まったく、わかってないですね……。ま、いいですよ。これは共感してくれる別の人もいますからね!」
上機嫌なふくれっ面からウィムはにっこりと笑顔になる。それを見て俺はやれやれと笑う。
岩肌のむき出しになった山々は雲の色と同化して、どこを見渡しても代わり映えがない。げんなりする気持ちを振り払いたくて、前を歩くリルへと聞いた。
「なあ、お前の噂はよく聞くんだが、実際どれぐらいの実力があるんだ?」
「そうですね……ああ、今まで倒した一番の敵を上げるなら、私は邪竜を一人で討伐したことがあります」
「マジかよ……」
「こどもでしたけれどね」
それでも相当だ。
邪竜とはその名の通り人間に多大なる害を及ぼす最凶の魔物だ。もちろん一国を滅ぼすことは容易い。それを一人で討伐するとなると、死神の時並みの相当厳選された能力がないと無理だな。
さすがは最強の冒険者に数えられるうちの一人。噂だけではない。
「でも、不思議なんですよね」
そうウィムが声音を変えて口を開いた。
「どうして天下のララバル家のご令嬢がそんな無謀で危険なことを?」
勢いよく前を歩いていたリルの足がピタリと止まった。風が俺たちの間を勢いよく通り抜ける。
「……どうして、公開されていない私の本家をご存知なのですか」
「僕が裏の人間だからですよ」
ウィムが何の躊躇いもなくそう暴露した。俺はじっとウィムを見つめる。それ以上何も言うなという意を込めて。
当然、リルの目が一瞬にして警戒の色に染まる。もちろんその視線は俺にも配られ、そっと剣の柄に手をかけた。
「……私を罠にかけましたか」
「いや! 待て、早まるな! 俺は本当に純粋な冒険者だ! こいつは……今名乗った通りだが」
「なおさら安心できません。純粋な冒険者を利用した下衆なやり口はいくつも見てきました」
「で、それをことごとく返り討ちにしてきたわけですね。さすがです」
「おい、ウィム!」
俺が必死にウィムを止めようとするが、こいつはこんな状況だというのに楽しそうに笑ってやがる。
そして、何を思ったのかウィムは自身のスキルを発動させようとした。リルの手にも力が入り、黄色い光の粒が浮かび始める。
一触即発。巨大な爆弾の間で、俺は叫ぶ。
「いい加減にしろ!」
俺が地面を右足で強く踏むと、《爆裂》スキルが発動して軽い爆発が起きた。パラパラと砂粒が舞う。
「お前らレアスキル使いはそんなに戦いが好きなのか! 一旦頭冷やせバカ! 俺みたいな凡人を間に挟むんじゃねえよ! 特にウィム! お前は賢いクセに馬鹿なことすんな!」
「あはは。ごめんなさい」
俺がそう怒声を張り上げると、ウィムはなんの悪びれもない真っ白な笑顔を浮かべた。そのままおどけて両手を上げる。
正直かなり怒っていたのだが、そんな俺を無視してウィムはまた懲りなくリルに話しかけた。
「まあでも、リル様もご存知でしょう? 僕たち裏の人間が自分の正体を明かすのは信頼の証です。あ、ウィムというのも本名ですからご心配なく」
「……今はひとまず見逃してあげましょう」
剣の柄から手を離して、リルもようやく殺気を収めた。俺も胸を撫で下ろす。
ただ、リルはまだ目を鋭くさせたまま言った。
「ただし、戻ってからどうなるかは保証しません。私の身の上をご存知なのですから、そのリスクの大きさをもちろん知っているのでしょうからね」
そう言って、再び俺たちの前を心なしか今までよりも早足で進み始めた。
裏の人間がパーティーにいるという危険な状況ーー実際それは杞憂だがーーだというのに、維持でも前を進むのはプライドだろうか。
いや、今はリルのことよりもこいつに物申さねばならん。
「で、お前は俺が止めるのを見越してあんなアホなことをしたってことだな。わかってるぞ」
「はい、その通りです。やっぱりわかりますよね」
「そりゃそうだ。お前の頭が賢者よりキレるってのはもう知ってる」
何しろ五年以上の付き合いがある。今思い返せばどうしてこんな危ないヤツと親身になってしまったのだろうか。
「それで、お前にとっちゃこの依頼の金よりも情報の方が大事ってわけだな」
「もちろんですよ。ジュエルドラゴンの鱗なんかよりも、たった文字三行の情報の方が遥かにお金になりますから。本職暗殺、副業情報屋、副副業冒険者、それが僕です」
「物騒だなぁ」
余計な心労だったことにげんなりしているうちに俺たちは目的の洞窟にたどり着いた。大人のドラゴンが身を通せるぐらいの巨大な入口に呆気に取られていると、やはりリルが先に動く。
少しぐらい感動させてくれと思いつつ、俺たちはリルの後を追った。
「魔獣の一匹もいねぇなぁ」
「ドラゴンの巣ですからね」
あまりにも平和な道のりなものだから、ついつい俺はそうこぼす。これじゃあ俺のスキルもいらないんじゃないか?
どうせウィムとリルがジュエルドラゴンなんてすぐに倒しっちまうだろうし、俺の仕事は《怪力》で鱗を運ぶことぐらいか。
あとは、例の純粋悪魔が出てこないことを祈るばかりだ。
洞窟はゆるやかな下り坂になっている。振り返るといつの間にか外の光は見えなくなるぐらいの深さまで来ていて、洞窟内の光る水晶のみが光源だ。
ほの暗い洞窟はどこか不気味な様相を醸し出し、肌寒くて俺はたまらずくしゃみをした。
「にしてもさみぃな……。もう少し厚着をしてくるんだった」
「ですね。それは僕もちょっと後悔してます」
「だなぁ」
と、あまりの気まずさにどうでもよい話題をひねり出すのに必死になる。俺はこういう空気が嫌いなんだよ……。
俺はちらりとリルの方を窺った。依然として悠々と一定の距離を保って進んでいる。その意識はあからさまに俺たちに向けられていて、頭の後ろに目があってそこから視線が飛んでいるんじゃないかと思うほどだ。
ふと俺は直感的に上を見上げる。すると、天井が不気味に蠢いているのに気がついた。よくよく目を凝らすと、それはーー
「蛇か!」
危険を察知して反射的に声を張り上げると、天井に潜んでいた大蛇がリルへと襲いかかった。
しかし、リルは俺たちに気を配るのに精一杯で反応が遅い。はっと気づいた次の瞬間には頭上で大蛇が口をガバッと広げている。
次の瞬間、大蛇の顔面で爆発が起こる。堪らず大蛇は頭を天井へと引き戻した。
「あっぶねぇ!」
「落としますね!」
俺は《爆裂》で爆発属性を付与したビー玉を手の中で転がしながら、威嚇で数個真上へぶん投げる。大蛇の体が天井みたいなものだから、どこに投げても命中だ。
その爆煙に紛れて、ウィムが地面を蹴って大蛇の目の前へと躍り出た。
「ちょっと失礼しますね」
そう言うと、ウィムは大蛇の耳の穴の縁を掴む。そして空中で足をふんばって地面へと大蛇の頭をぶん投げた。
重力に逆らえずに大蛇の頭は落下する。それも、剣を構えたリルの目の前へと。
「せいっ!」
リルは腰から引き抜いた美麗な剣を垂直に一振り。すると、明らかに刀身の長さが足りてないのに、大蛇の首は胴体と綺麗な断面で切り離されていた。
そして当然、体を支える司令を失った筋肉の塊が真上から降ってくるわけで。
「って、こっちの方がやべえな!?」
俺のビー玉爆弾じゃ防ぐほどの威力はねぇぞ!?
反射的にしゃがんで頭を守る動作をすると、誰かが俺の隣に立つ足音がした。大蛇の胴体が落下する音が聞こえて目を開ける。どうやら無事みたいだ。
「ありがとうな、ウィ……」
そう言いながら顔を上げると、隣に立っていたのはリルだった。
「ああ、ウィムじゃなかったか。ありがとうな、リル。……名前似てるな?」
「発音だけでしょう。私は恩を返しただけです」
そう澄ました表情で言って、リルは周囲を見回した。他の魔獣がいないかを探しているようだ。
立ち上がるとウィムが俺の隣に降り立った。俺たちは拳を軽くぶつける。
「ナイス判断だ。よくリルの前に落とせたな?」
「えへへっ。まあ、僕の力を使えばこのくらいたわいもないことですから。あ、リル様、トドメをさしてくれてありがとうございます」
「いえ、ウィムさんの功績あってのことですから。それにしても、あなたのスキルは本当に獣化なのですか?」
「うーん、それはまあ、またあとで教えてあげますよ」
あれだけの力を見せたのによく言う。こいつ、可愛い見た目に反してずるがしこさは一級品だな。
誤魔化されたリルは、しかしそれ以上の追求はしなかった。そして俺たちへ向けて言う。
「さあ、進みましょう」
「おう!」
ほんの少しだけ歩く距離が縮まった。
その後も度々現れる魔獣を蹴散らして、もう十を越えようかというところで道の先に青い光。
「見えたな」
「ですね。にしてもこの明るさだと、ひょっとして一面青の光石の空間かもしれませんね」
「……ええ、そうみたいです」
そこは、全面青い水晶で構成された巨大な空間だった。全ての水晶が淡い青色の光を放ち、幻想的な世界を演出している。
その青の中央に、目的のドラゴンは佇んでいた。
「あれが、ジュエルドラゴン」
思わず息を飲む。それほどにその見た目は神々しかった。
青の空間の中央にポツリと浮かび上がる多彩で規則的な模様。透き通る鱗の一枚一枚、隣合う物に同じ色は無く、職人が作り上げた宝石のタイルのような、そんな贅沢な物体が生命を持っている。
侵入者の気配を感じてのっそりと起き上がったジュエルドラゴンは、その想像もつかないほどの巨体を太い四本の足で持ち上げて、透明で重量感のある翼を広げた。
その存在感に、無意識に気圧される。
「いいか、依頼の最低ラインは、鱗一枚だ。三枚ぐらいいけるだろうと考えていたが、やめよう。いいか、お前ら。二枚だ、二枚でーー」
「ミラックさん」
そんな俺の肩を、ウィムはぽんと叩いた。
「任せてください」
ああ、俺の内心の焦りなど、こいつらがどうやって察知するというのか。
ウィムが自身の力を使って最高速度でジュエルドラゴンへと突き進む。そしてリルはウィムよりも早く動いていた。
俺はポケットの中のビー玉をジャラジャラと鳴らす。そして覚悟を決めた。
「ったく、この戦闘狂どもがよおおお!」
いくつかのビー玉に爆発属性を付与して、俺は《怪力》の力を持って全力でドラゴンへ投げつける。正確な投擲でウィムとリルの間を通り抜けて、ドラゴンの顔面に着弾した。
「よっしゃぁ!」
しかし、ドラゴンの顔付近の宝石にはほとんど傷がついていなかった。
「だぁっ、畜生!」
ちゃんと自分の剣を振るえってか? それよりも前に身体能力が凡人なんだよなぁ!
……いや、待てよ。《怪力》スキルは確か全身に有効だったよな?
俺は試しに地面を踏んだ。すると、《身体強化》よりも強い力が体を包む。それを確認して俺は一人でほくそ笑んだ。
「やってやるぜ!」
俺も二人に続いてジュエルドラゴンへと駆ける。
先頭を進んでいたリルは剣を振りかぶったまま跳躍した。その高さは民家と同じぐらいの高さのあるドラゴンを優に超えていて、首も宝石でギッシリのドラゴンは目でその姿を追うことはできない。
「はああぁぁ!」
直上からリルは剣を振り下ろす。真っ白な閃光が一瞬視界に映った。
上からの衝撃にさしものドラゴンも上下に揺れる。しかしそれよりも前から来るウィムの方が気になるらしい。ドラゴンは大きな翼をさらに広げた。
そして、体を回転させながら翼を振り下ろした。ウィムは真横に跳んでそれを避ける。圧倒的な範囲攻撃。普通の人間なら即死だ。
翼の持ち上がったところには巨大な亀裂ができていて、その威力を物語っている。恐ろしいな。
だがその威力の代わりに動きは鈍い。ウィムはドラゴンの前肩に着いたエメラルド色の宝石へと張り付いた。
「それじゃ、頂きますよ!」
バチッとウィムの周囲で黒い光が走った。
あいつのスキル……いや、元々の種族の力だ。
ガッチリと固定されていた平たい宝石はウィムの怪力によってベリベリと剥がされ、下にあった黄色い皮膚があらわになった。えげつない採り方をするもんだ。
ジュエルドラゴンは不快さに咆哮する。だが、その咆哮すらも背中に乗っているウィムの頭への一撃で止められてしまった。
「思った以上に硬いですね……魔力耐性がすごい……」
そして俺は額の真上についている丸い赤い宝石に狙いを定めた。良い色をしている。普通に欲しい。
跳躍して頭の上へと飛び乗る。さあ、俺も《怪力》で……って。
「うおおおお?!」
ドラゴンが嫌がって体を大きく動かすのに、俺は宝石を掴んで耐えた。
揺れが収まってから俺は腰の剣を抜いて、爆発属性を付与して宝石の根元へと突き刺した。すると爆発ともにポロッと宝石が外れた。案外簡単に外れるんだな。
ドラゴンの頭の上から離脱し、手の中の人の頭ほどの大きさの宝石を眺めてみる。そこそこの爆発だったのに傷一つ無い。魔力のある宝石なのだろうか。
満足して脇に抱えて、未だにドラゴンの上でわちゃわちゃしている二人へと叫ぶ。
「おい! 鱗は採れたか?! さっさと退散しよう!」
「あれっ、もういいんですか? リセットしました?」
「する気分じゃなくなった! こんなやつ相手にリセットしても旨味がないだろ!」
もう少し歯がたちそうな戦いやすいやつなら博打でもリセットするが、こんな普通じゃどうしようもなさそうなやつに対して使う気にはなれないな。
ウィムが三枚の鱗を片手でお盆のように持ちながら着地する。リルはまだ上にいるようだ。
「リルー! 大丈夫かー!」
「はい! あとちょっとで……せいっ!」
ガキンと硬い音がして、パラパラとドラゴンの上から破片が散った。
「採れました! 戻りますね!」
上の方からそんな声が聞こえる。
よし、これでひとまず帰ろう。それで、こいつらが満足できるようなクエストを別に受ければいいのだ。あと俺がどうにか出来そうなやつ。
「うーん、本当はもうちょっと戦いたかったんですけれどね。ただ、あんまり楽しくないので今日はいいですけれど」
「そうか。それじゃ、また今度行かないとだな」
「ですね」
ドラゴンの上からリルが姿を見せた。その脇には小さいが分厚い黄色の宝石の板を抱えている。
そこで俺は安心した。だから、次の瞬間何が起こったのかがわからなかったのだ。
「ーーあ?」
ドラゴンの上から飛び降りるリルの、その後ろに佇む黒い影と、大きく翼を広げたジュエルドラゴンの異様さに。
『ゴ オ オ オ オォォォォ』
腹の底にまで響き渡る低い咆哮。それと同時に、ジュエルドラゴンは有り得ない力で跳躍した。
俺は翼の真下にいたウィムに体当たりして突き飛ばす。俺たちがいたところは翼で押しつぶされていた。
「リル!」
急いでリルの姿を探す。幸いにも、リルは無事に着地したみたいだ。
だが、その表情は険しく、こめかみには冷や汗が伝っている。
「リル!」
「逃げて!」
再び名前を呼ぶと、リルはそう俺たちに叫んだ。
世界の空気が変わった。
視線の先には、ドラゴンの上であぐらをかいて俺たちを見下す黒い悪魔の姿がある。牛の角、蛇の尾、鷹のような鋭い爪に、体格のいい体。
おとぎ話の中で猛威を振るう純粋な悪魔は、俺たちを紫の瞳で見下している。
「おでましですね」
「早まるなよウィム」
三枚の鱗を地面に置いたウィムへ俺は言う。
ウィムの口元は薄らと笑みを浮かべているものの、見開かれた目はその緊張を隠せていない。
「いくらお前に半分悪魔の血が流れてるとはいえ、敵は純粋悪魔だ。敵わない。遊びにもなんねぇぞ」
「いえ、立ち向かいますよ? どうせ逃げれませんし、もしピンチになってもミラックさんがやっつけてくれるじゃないですか、昔みたいに」
「あれは運が良かっただけで……おい!」
ウィムは俺の話を聞かずに悪魔の方へと飛び出した。リルの隣を通るその瞬間、ウィムの体を黒い閃光が包む。
光を抜けたウィムは、灰色の鱗に体を覆い、紫の鉤爪を生やした悪魔へとその姿を変える。真っ黒の艶のある尾が禍々しい。
ウィム・リーケット。悪魔と人間のハーフで、スキル無しだ。
「その姿は……!?」
そんなウィムを見て、リルは驚いた表情を見せた。しかしすぐに顔を引き締めて剣を両手で握る。
ウィムは空中を蹴って悪魔へと殴り掛かる。それを悪魔は片手で受け止めて、ウィムの顔の前にもう片方の手のひらを突きつけた。
次の瞬間、悪魔の手から紫の魔力の濁流が放たれる。
純粋な魔力とは兵器だ。どの元素にも当てはまらないそれは、すべての生物に対して弱点になりうる。
ーーその魔力を、ウィムは大口を開けて食らった。
それにはさすがの悪魔も面食らったようで、あぐらを解いて立ち上がる。その背後に、銀色の光。
「やぁっ!」
声を発しながらリルは斜めに切り上げる。それを変に曲がった足で受け止めて、悪魔はグリンと首を半回転させた。
そのねじれを拳に乗せて、悪魔が腕を振りあげる。
リルは屈んでそれを避ける。拳の通った先の壁に爆発が起こった。不可視の追撃弾だ。
その隙を狙ってウィムは食らった魔力を打ち返すが、なんなく避けられてカウンターの足蹴りで吹き飛ばされる。
あれはまずい。いくらなんでも分が悪すぎる。
あいつらが戦い始めた以上、俺ももちろん戦いたい。今すぐリセットをかけて戦いたいが、俺の直感が告げているのだ。
『今ではない』と。
「くそっ!」
俺は鱗を持ちあげる。そしてそれを大盾のように前に突き出したまま悪魔の方向へと突進した。
今の俺の力なら、あいつらを身を挺して守るぐらいはーー
そう思った刹那、悪魔の目と俺の目が合った。
こんなにも俺と悪魔の間には距離があるというのに、たったそれだけでゾクリと耳の中で音のなるほどの恐怖心が芽生える。
そして、俺の足は動かなくなってしまった。
「やあああああ!」
リルは流麗な太刀筋で悪魔に応戦する。さすがの実力者だが、その表情から焦りと恐れが消えていないことを、悪魔は感じ取っていた。
光り輝く重たい軌跡をいくつも捌きながら、悪魔は歪んだ笑みを隠せない。
呆然とする俺の視線の先で、リルの腹へ無慈悲にも悪魔の拳がめり込んだ。鎧がひしゃげ、音は遠くからでも聞こえるほど。
背後からウィムが攻撃を仕掛ける。悪魔は右腕だけで応戦する。何度も何度も打ち付けられる拳たちは、重たく耳に響く音を打ち鳴らす。
「こんなにっ、差があるもんか……!」
ウィムは両手を悪魔へ向けた。青色の炎が獅子の頭を形作って悪魔へと噛み付く。
刹那、悪魔の顎がガバッと開いた。
「なっ!」
そして、逆にその炎を食ってしまう。
悪魔の腕が異様な音を立てて伸びてウィムの腕を掴み、俺がビー玉を投げたようにウィムを投げ飛ばした。
間を開けずに、立ちすくんでいる俺へ悪魔はリルを投げつけてきた。鱗を手放し、どうにかしてリルを受け止める。《怪力》の力がなければ鎧の質量に押しつぶされていたところだ。
「おい、リル! だから逃げようって言ったのによ!」
そう呼びかけるが、反応がない。見れば、鎧の腹部は大人の拳ひとつ分凹んでいた。
ハッとして俺はリルの呼吸を確認する。まだ生きている。血は出ていないが……これだと内臓は無事ではないだろう。
「まずい、ですね……」
俺の隣にいつの間に降り立ったのか、半魔状態のウィムはそうこぼす。
「もう少し立ち向かえるかと、思ったのですけど……」
俺はギリっと奥歯を噛む。そしてウィムへ言った。
「ウィム! あの鱗を盾にして、リルを庇え! 俺は……やってやるよ!」
俺がそう言うと、表情のわかりにくい異形の顔でウィムは笑ったように見えた。
ーー脳みその中がゾワゾワする。
言い表しようのない興奮状態。二度と経験することのないような死の存在に、今、対峙した。前の死神に追われていた時とは状況が違う。
俺は引き当てねばならない。でなければ、俺だけではなく、他の二人も犠牲になる。
「くそ……これだから俺は自分のスキルが嫌いなんだ」
悪魔はその場から一歩も動くことなく、手の中で紫の魔力を弄んでいる。
目をつぶる。心に問いかける。今か? ーーいや、まだだ、まだそのタイミングじゃない。
俺には自論がある。
自分を信じねぇやつに、運は巡ってこない。
「よっしゃああああ!」
俺はビー玉を取り出した。それを前までと同じように投げるが、どれも悪魔に触れることなくその手前で爆発して防がれる。。
「ったく、どうなってんだよ!」
悪魔が魔力をでたらめになげつけてくるのをなんとか全身全霊で回避する。どれも一撃でも喰らえばおしまいだ。《魔力耐性》のスキルなんて、気休めにもならない。
一発が顔の横を掠めた。足腰の力が抜けそうになる。
接近して剣で殴ることは早々に選択肢から外した。そもそもあのドラゴンを飛び越えられるわけがない。
回避しながらも攻撃を続けていると、すぐにビー玉が底を突く。舌打ちをして、そしてあることに気がついた。
悪魔からの攻撃が止んだ。
顔をあげれば、悪魔は満面の笑みで、巨大な紫の魔力の塊を作り上げていた。今まさにそれが、俺に向けて放たれようとしている。
絶体絶命。そう、この状況が欲しかった。
ーーここだ!
俺は全力で叫ぶ。
「リセット!!!」
目の前に緑の枠が現れた。
『それでは、現在のミラック様のスキルをリセットし、新たな能力を抽選によって決めさせていただきます』
アナウンスと共に、中身が?へと変わる。
ひとつだけ、たったひとつだけ俺があの悪魔を倒す方法がある。
俺のスキルは同じものが三つ揃った時に絶大な力を発揮する。それは誰にも想像がつかない、常識外れの力だ。
頭の中がおかしくなりそうだ。わずかなわずかな、髪の毛よりもか細い運の糸を三つも掴まなければ行けないのだから。
悪魔は今にもその凶弾を放つ素振りを見せている。楽しんでいる。それが、あまりにも恐ろしい。
だから、目にもの見せてやるぜ!
『それでは、抽選を行ってください』
「来い!!!!!」
俺は、全力で箱を叩いた。
《豪運》
《不死》
《創造》
ーーは?
揃った。
揃ってしまった。
俺が喉から手が出るほど欲しがっていた、三つのレアスキルが。
揃った。
だが、違う。
今じゃない。
《創造》は戦闘向きじゃない。これは守るためのスキルだ。だが、今は守るだけではダメなんだ。
世界の時が百分の一まで遅くなったかと錯覚するほどに、俺の頭が熱くなる。悪魔の方を見れば、死を告げる塊が、こちらへとゆっくりと進み始めていた。
俺は後ろを振り返った。なんて運の悪いことだろう。俺はちょうどこの空間を一周して、ウィムとリルの前に立っている。
ダメだ。
このスキルじゃ、俺は助かっても、二人は助からない。
助かるには、揃えないと。
だが、このチャンスを逃せば、二度と俺はこの三つを揃えることはできないだろう。
『一度限りその場でのリセットが可能です。リセットしますか?』
頭の中に鳴り響いた、いつもは無視するその声に。
俺はーー
「リセットおおおぉぉぉ!」
一瞬で三つの箱からスキル名が消える。そして新たに現れた三つの?へ、拳を叩きつけた。
《聖なる力》
《聖なる力》
《聖なる力》
「きたああああああああああ!」
『スキルが進化します』
俺の視界が真っ白に染まった。
《天からの使者》
光が開けた時、あの魔力の塊は消滅していた。代わりに、歪んだ顔をした悪魔が目に入る。
「悪いな、悪魔」
俺は純白の光を放つ愛剣を悪魔へ向けた。背中には眩い白い翼が生えている。
「おとなしくやられてくれ」
悪魔が初めてその場から動いた。
悪魔が飛びながら腕を真横に振る。すると、さっきまでは見えなかった透明な魔力の流れを見ることができた。
俺は無意識のうちに生成した白い盾でその爆発を受け止める。そして、爆煙の向こうからやってくる悪魔へと蹴りを放った。脇腹に直撃して悪魔は左へ飛ばされ、青い壁にヒビを入れる。
俺は二人の前を離れるべく、白い翼で悪魔の方へと飛んだ。
スキルというのは、無意識に使い方がわかる。
剣を真横に振る。白い斬撃が悪魔へと吸い込まれていく。それを悪魔は間一髪で避けた。悪魔は壁を蹴って飛ぶ角度を変える。
「ここで残念なお知らせだ」
俺は悪魔と平行に飛びながら剣を振り上げた。
「こいつは無限に打てるんだ」
がむしゃらに剣を振る。そこにスマートさとか、かっこよさなどは含まれていない。ただでたらめに振られるその軌道に沿って放たれる斬撃波がどれほどの脅威なのか、見ればわかる。
俺の放つ斬撃はどれも青い水晶の壁に亀裂を入れるほどで、悪魔は避けるのに必死だからだ。
と、そこで透明な壁が目の前に現れる。ジュエルドラゴンの翼だ。
こいつもこいつで俺に対抗しようとしているらしい。
「悪いな」
しかし俺はスピードを止めずに剣を振るった。リルが容易に断ち切れなかった宝石は、美しい断面だけを残して地面へと落下していく。
と、俺の視界から悪魔の姿が消えた。右を向けば悪魔は壁に着地しいて、壁に手を着くと真っ黒の円が浮かび上がる。
俺は咄嗟に盾を構えた。次の瞬間、黒いトゲが俺の盾を直撃して、その衝撃で後ろへと勢いよく飛ばされる。
背中に走る鈍痛。けれども大した痛手ではない。
それにしても……。
「初めて、揃ったけどよ」
俺は壁に埋まりながら息を吐いた。
「強すぎるな」
そして、そのまま真下に降りる。
テクテクと地面を歩く俺を恐怖に満ちた目で悪魔は見てくる。立場逆転だ。お前は俺たちの事を笑ったが、俺はお前を見て笑えそうにない。
俺の背中には白い翼が生えている。
その羽の一枚一枚が剥がれて、花びらのように散って俺の周りを囲んだ
そして、それよりも何倍も大きな翼が俺の背中から現れた。
この部屋全体を覆うことの出来そうなほど大きなその翼の羽を見て、悪魔は雄叫びを上げた。すると、紫の魔力の塊がいくつも周囲に現れる。
その魔力で、俺の羽と撃ち合うつもりなんだろうな。
だが、それは徒労だ。
「いけええけえぇぇ!」
全ての羽に総攻撃を命じる。聖なる魔力の大雨が全て悪魔へと向かっていく。悪魔は魔力で相殺しようとするが、すぐに残弾は消えて、俺の翼が尽きるまでその雨は止まない。
「……やっぱし、強すぎるな」
悪魔が消滅した場所を眺めながら、俺はふっと息を吐いた。
そして空中を滑空して俺は二人の元へと戻る。翼が無くとも飛べるのか、便利だな。
「よう、終わったぜ」
「す、すごいですね、その力。僕の苦手な魔力の感じがしますよ」
「はは。だろうな。……なあ、リルはまだ息があるか?」
「ええ。ただ、やはり危ないですね……。治せますか?」
「たぶんな」
ウィムが既に鎧をぬがせてくれていた。鎧の下に隠れていたそのスタイルの良さに少し驚く。どうやってこの細い体であの思い鎧を着ていたのだろう、と。
いや、それよりも今は治療が優先だ。
俺はぐったりしたリルの腹に手を当てる。そして、直感に従って魔力を流し込んだ。
「うっ……」
呻き声をあげるが、まだ瞳は開かれない。しばらく経ってから俺は腹から手を離して立ち上がる。
「……たぶん、これで大丈夫なはずだ。あとは都の医者に任せよう」
「はい、そうですね」
さすがに内臓は専門外だからな。そこはプロに任せた方がーー
「ーーうっ、あぁ?」
突然激しい頭痛が襲う。思わずしゃがみこんで頭を抱えて目を閉じた。
「ミラックさん!?」
「いや、ちょっと、あたまが……さき、に、いけ。た、のむ」
「は、はい!」
ウィムが俺を気にしながら出口へと向かう。ありがたい仲間を持ったもんだ。
ズキッと再び頭が痛んだ。
そして、わけのわからない映像が瞼の裏に浮かび上がる。
そう、それは、黒い天使だ。漆黒の翼を青空の下に広げて浮かんでいる。天使の下には、そう、あれは、王都。
ーー次の瞬間、都が滅んだ。
そう、それは“滅んだ”としか言い表しようがないのだ。何が起こったのかもわからない。痛む頭ではなおさらだ。
ただひとつ、分かったことがある。
その黒い天使は、白銀の鎧を纏っていた。
「ーーはぁっ、はっ、はっ!」
頭痛がようやく収まるも、痛みの余韻で気が狂いそうになる。
深呼吸を思い出して何度も繰り返すうちに、ようやく呼吸も整った。俺は地面に寝転がって、青くて暗い天井を見上げる。
「《天からの使者》、か……」
おもむろに右手をあげる。『OK』の文字。
「……リセット」
その時引いたのは、《草魔法》と《獣化・鳥》と《水魔法》だった。
ーー ーー ーー ーー ーー
「ーーん、うぅ……」
「お、起きたか」
「……え? あ、私たち、助かったんですね……」
ギルドの近くの医者が持つ宿の一室。白いベットの上で、リルは目を覚ました。
ずっと椅子の上で窓の外の沈む夕日を眺めていた俺は、立ち上がって火の魔法石で明かりのロウソクに火をつけて回る。
「なんとかな。鱗も後から何個か持ち帰れて、ほら、それ。お前の分だ」
「ああ、ありがとうございます。……でも、受け取れません。私、何もしてませんから」
「いいや受け取ってもらうね。俺にだって受け取る理由がない」
「でも、あなたはあの悪魔を倒したんでしょう?」
「……ラッキーでな」
本当に幸運だった。俺の生涯の全運勢を賭けてしまったのではないだろうかと不安になる。
しかしリルは納得のいかない様子だ。そのまましばし沈黙が降りる。
俺も話すことがないので気まずさに耐えながら黙っていると、リルが先に口を切った。
「……私、本当はジュエルドラゴンじゃなくて、悪魔と戦いたかったんです」
「何?」
俺がそう聞き返すと、薄い笑みを浮かべてリルは話を続けた。
「私のスキル、《エンジェル》っていうんです。このスキルを授かったその時から、私には世界の滅亡を止めるという使命ができました。それで、たまに世界が破滅する未来が神様から伝えられるんです。その未来を阻止するために動く、それが私。今回はあの悪魔が標的でした」
「《エンジェル》だと? なあ、ただの《エンジェル》なのか?」
「え? はい、そうですよ。……そういえば、戦っているミラックさん、何か翼が生えていませんでしたか? それに、とても神々しくて……」
「いや、俺のことはいいんだ! じゃなくて……いや、そうか……」
俺はほんの少しだけ伸びた髭を指でなぞる。俺のは確か、《ザ・エンジェル》と名がついていた。つまりは別物と考えて差支えはないだろう。
ただ、そうすると、このスキルはひょっとしたら変化するのではないだろうか。あの妙な幻覚を見て、そしてリルの話を聞いてそう思う。
「にしても、お前一人で行ってたら危なかったな。天からの使命をまっとうできずにお陀仏だったぞ?」
「それは、かなり反省しています……。もっと修練を積まないといけませんね」
そうリルははにかんだ。
こうして鎧もなしに向き合ってみると、いかにこの可憐な少女が普通であるかがわかる。どこにも重たい使命を匂わせず、ただひたすらに今を生きる少女の面影が目に明るい。
「ところで、ウィムさんは?」
「ああ、あいつは今果物の買い出しだよ。そろそろ戻るんじゃないか? ……ほらな」
足音とともに扉が開く。
「あ、気がついたんですね。よかった……」
俺たちに同時に見つめられてウィムは、入口で足を止める。
「ど、どうかしましたか?」
「いや、別に? なあ」
「ええ、なにも」
くすくすとリルが笑い出す。俺も釣られて笑い声をあげた。そしてどうしようもなくなったウィムは、大人しく座って果物を並べる。
「なんですか、もう。僕がいない間に随分仲良くなったみたいですね」
「あはは。ちょっとおかしくって」
不服そうなウィムはリルの分の果物を切ってからすぐに自分の分を向き始めた。とんでもない手さばきだ。甘いもの好きがわかる。
「あ、リル様、ひとつ面白いことを教えてあげますよ」
「え?」
「ミラックさんの家名です」
「おい」
急に何を話し始めるんだこいつは。
咎める声を出したが、リルが興味津々に聞いた。
「なんと言うのですか?」
俺ははぁとため息を吐いて椅子の背に体重を預ける。
「ミラックさんの家名はレイバラル。本名はミラック・レイバラルなんですよ」
「ええっ?! レイバラルって、世界に名を轟かせる強力なスキルを受け継ぐ名家ですよね?」
「末っ子だよ末っ子! 確かに俺はレイバラル家だが、できそこないの末っ子だ。やめろ、そんなキラキラした目でこっちを見るな」
そんなに変な期待を背負わせないでくれ。本当に俺は、今まで言った通りの微妙なスキルしかないんだから。
「そんなことないじゃないですか」
リルはそんな俺の心境を軽々と突き破る。
「だって、私たちを助けてくれたでしょう? すごいです」
……。
「あ、照れてますね。珍しい」
「うるせぇ!」
仕方ねぇだろ。今まで褒められることなんてなかったんだ。
依頼もずっと一人。人との交流はギルドだけで、俺の引くスキルはいっつも地味だった。
だからずっと呪っていた。なぜこんな家に生まれたのか、なぜこんなスキルなのか、と。
……だが、そう、今だけはこう思う。
俺がこのスキルを持って生まれてよかった、と。
ーーこの先、三人が世界の滅亡を止めるために奔走するのは、また別の物語。
最後までお読みいただきありがとうございました! いかがでしたか? ぜひ評価や感想の方を宜しくお願いします。
今回は「ワクワク感」というのにフォーカスして書いてみました。アンパンマンの映画限りの特別な能力のワクワク感を思い出しまして笑
本当はこのネタで書きたいストーリーがたくさんあるのですが、今年で受験生の身となるのでお蔵入りです……。うーん書きたい。
ともかく、改めてありがとうございました!