第96話 新しい器
ランタナ王子から声が掛かった。
どうやら俺たちは無事に植物園再建に参加できるそうだ。
だが先に声を掛けられたのは俺だけで、ナタムにはまだ返事をしていない、とガルベラが教えてくれた。
ナタムは春から騎士団への入団が決まっている。彼に返事がいっていないのはそのせいか? ならばもしかして俺も何か試験を受けるのかと思いきや、どうもそういうわけではないらしい。
それから更に数日して、俺は指定された騎士団本部へと向かった。
奥の部屋へと足を踏み入れると、そこには大きなテーブルが中央に置かれ、囲うように椅子が並べられていた。
騎士さんが「ヒムラ様はこちらです」と案内してくれた椅子の前には、黒い布に白い花の絵が描かれた腕章が置かれている。
他の席には何も置かれていない。
俺だけ何かあるけどこれはなんだろう、と疑問に思いつつ席につけば、続けて部屋の扉が開き、そこには見覚えのある顔も席についた。
中央の席を残し全員が席につけば、最後にランタナ王子が部屋へと入り、皆で挨拶をする。
「さて、久しぶりに幹部が集まった……と言いたいところだが、新人がいる。先に紹介しよう。
異世界研究所のタクミ・ヒムラだ。まだ公式決定していない部署だが、今年だけでも異世界関連の報告が多く届いていて、以前から専門機関を設けてはどうかと思っていた時に彼自ら立候補があった。
今回の植物園再建に関しても我々とは違う視点の意見が出ればと思い、参加させている」
「……っ、日本国から参りました、タクミ・ヒムラです。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げれば「よろしく」とそれぞれの方向から声が掛けられた。
下げた頭のまま考える。はて……異世界研究所? いつの間に研究所になったんだ? そして俺はその研究員って事でいいのか?
そう思い顔を上げると「その腕章は仕事をする時に着けなさい」と王子に説明された。
見渡せば皆、色の違う腕章をつけている。
隣を見て、マスターこと第三騎士団団長を真似て腕章をつければ、彼はにっと笑い返してくれた。
(さすがオーラが違うな)
改めて集まったメンバーを確認する。マスターの隣には土魔法特化を持つ第二騎士団団長が座っている。
勝手に男性のイメージをしていたのだが、第二騎士団の団長さんは女性だった。
そして王子を挟んで隣には第一騎士団団長の学園長が座っていて、魔法学研究所所長、地科学研究所所長、そして俺の隣には庭師団団長が座っていた。
(庭師団の団長さんなんて居たんだ)
ちらりと隣に座る彼を見ると彼は綺麗な薄緑色の髪と瞳を持った、マスターと同じくらいの年の人だった。
今まで王宮内で見かけたことが無い気がするけれど……逆隣に座る某団長があれこれ兼業していて、本業の騎士団を留守にしがちだという事を思い出す。まさかこの庭師団団長の場合も同じなんじゃないかと思い、俺は自分の中で納得させた。
一通り挨拶が終わり、本題へと話は進む。本題は勿論、先日の火災で多くが焼けてしまった王宮植物園の再建についてだった。
隣に座る庭師団団長が、火災被害についての報告書を読み上げた。
「植物園の敷地のうち7割が火災により焼失。栽培数1956種のうち1353種が焼失。1353種は全て国内に同様種の栽培等を確認済みです。未確認の品種が1種あり、ロゼリス第一王女により現在保管中……死者なし」
「…………」
“死者なし”という報告。どうしても考えてしまう。
その裏には、死んでしまった精霊ルーブベルと大怪我を負ったロゼリスがいる。ルーブベルの死に関しては、知っているのは俺だけだ。
ロゼリスもまだ彼のことを知らないのだろう。
テーブルの下でぐっと拳を握る。自分の意志で行ったとはいえ、そのたった1種の花の為に大怪我を負った彼女のことを思うと、やはり申し訳ない気持ちがまだ拭えていない。
(いや、大事なのはこれからの事だ。同じ思いをすることが無いようにするためにも、今回こうして参加表明をしたんだから)
気持ちを入れ替えて皆の話の輪の中へ再び入っていく。
幾つかの話し合いをする中で、やはり火災予防がどうにか出来ないかとの意見が出た。
話を聞けば今までの植物園の花々は、害虫避けや湿度による腐食、乾燥予防をメインとした魔法がかけられていたそうだが、火災被害を受けることはほぼ想定されていなかったそうだ。なぜならこの国には水魔法保持者がダントツで多いから、という理由らしい。
水魔法と光魔法、闇魔法を組み合わせれば植物の火災被害を防げなくはないそうだが、そもそもその3つを持つ複合型は滅多にない超レアなタイプ。
長期に渡り維持していくのは難しいそうだ。
確かに、仮にその複合魔法の所持者が一時的にでも魔法を使えなくなったら、代わりになる人がいないからな。
(建物は土魔法と闇魔法、そのタイプの人ならまだ集まるらしいから)
物理的な衝撃に強い壁が作れるのであれば、それは活用すべきだろう。
頭の中で描く、新しい植物園。
ナタムに少し案を話した時には「それどうやって作るの」と言われてしまったが、ダメもとでも意見として言っておくべきだろう、と思いそっと手を挙げた。
「どうした、タクミ」
それまでじっと話を聞いていた俺が手を挙げたものだから、直ぐに王子が気が付いて、皆の視線も俺へと集まる。
「あの……屋内で植物を育てる温室はどうですか? 他の建物と同じで壁や屋根があれば魔法で強化できるんですよね?
それに屋内だったら温度や湿度の調整もしやすいので、季節関係なく植物の栽培ができると思うんです」
「「……温室?」」
それからというもの質問攻めにあってしまって。蓋を開けてみれば、温室というものがこの国にはまだ存在していなかったからだった。
日本と同様、大きく分けて四季があるこの国ジラーフラは。季節に合わせて、育てる植物の種類を変えていくというスタイルで。旬ではない品種を違う季節に育てるという考えが無いらしい。
いや、それを言えば昔は日本も同じか。
改めて日本の温室を思い出す。
仕事で何度か訪れた農家の温室は、確かビニールハウス内で野菜が育てられていた。昔、母さんたちに連れて行ってもらった植物園も、光が沢山入る、大きな建物の中だったような気がする。
皆が言う通り、建物の基礎となる柱や壁は魔法で作れるのなら。
あとは光を通す丈夫な素材が必要になる。
ということで考えなければならないのはビニール素材の方だった。
ここまではナタムからも指摘されていた事だったから予測が出来ていた。だけど俺はビニール素材の作り方なんて知らない。
だから却下される可能性も分かった上での提案だったのだ。
「光を通すような透明なものなら良いのか?ガラスは駄目なのか?」
「ガラスは原材料の採掘が大変だろう。加工にも時間が掛かるし、植物園の広さを考えると相当な数が必要になるぞ。それに重いだろう。屋根にガラスを使うなら、壁は全てレンガにしなければならない」
「何か代わりに使えるものがあれば温室案はかなり良いものになると思うのだが……」
皆も、そして俺もその場で悩んでしまった。やっぱり無理なものは無理なのか? そう思いながら、今日の話し合いはお開きになる。
各団や研究所に案を持ち帰り、それぞれ意見を聞いて後日また集まることになったのだ。
提案した以上、温室を作る案を何とか完成させたいと思う。
「ビニールハウス。ビニール、だめだ素材が分からない。ガラスは……ガラス板ってそもそもどうやって作るものなんだ?」
授業が終わった放課後、ガルベラに尋ねれば彼が説明しながら答えてくれた。
「鉱山や地下などから時々ガラス石が発掘される。それを同じ厚みに削って土魔法で固めて一枚のガラス板にしている。
だが天然石は色付きのものが多い。
その中でも無色のガラス板は相当貴重な物で、恐らくジラーフラでは城内の一部に使われている以外、どこにも無いのではないか」
「えー、そんなにガラス板って高価なものなんだ」
日本じゃ当たり前のように使われていたけれど、結構高い技術で作られていたんだな、と実感する。
『そうしたら天然石じゃなくて、人の手で沢山作れるものの方がいいよな……ガラスじゃなくて、透明な板で……アクリル板……?
透明?
あ!!! いいものがあるじゃん!!!』
机に突っ伏していた頭を勢いよく上げれば、羽織っていたローブの下から首飾りを取り出し、彼に見せた。
「それは……使い切った魔法石か?」
「そう、これ! もしかしたら上手く使えない?」
手を伸ばしてきた彼に石を渡せば「確かに」と彼がつぶやく。
「魔法石の研究って、魔法学研究所でしているんだよな? 使い終わった石ってどうしてる?」
「おそらくまだ処分方法が決まらずにそのまま残っているはずだが」
そのまま残っている。なら実験するにはもってこいだ。
「この石が何から出来ているかは俺にも分からないけど、軽いし普段使いで割れたことはないから、上手く加工ができればガラスの代わりに使えるんじゃないかな? と思って」
どうかな、と彼に伺うと、彼も興味深そうに石を見続けている。
「ふむ。ひとまず魔法学研究所から貰ってみるか。……研究所には私から連絡してみよう。明日の放課後でどうだ?私は空いている」
「オッケーだよ。ありがとう!」
どうやらガルベラが研究所へ話をしてくれるみたいだ。所長さんたちは温室の話を知っているから、協力してくれるだろう、って。
どこか楽しそうな顔をし始めた彼。
その瑠璃色の瞳を見て、思い出す。
「話が変わるんだけど……王族宛に手紙って出せる?」
「手紙?」
先日、以前に彼女から届いた手紙を見ていて思ったのだ。直接は見舞いに行けなくとも、メッセージや差し入れは出来ないだろうか、と。
ガルベラにそれを質問すれば「出せるぞ」と返事が返ってくる。
「ロゼに出すのか? ……私から直接渡せると言いたいところだが、そこは一度城の検閲を通した方が良いかもな。見つかった時に色々と面倒になるからな」
「検閲?」
「手紙や贈り物の中に術や毒、危険なものが紛れていないか確認するのさ」
そうか。相手はこの国のお姫様だもんね。そのくらいの厳重なチェックは入るだろう。
「そうしたら、あまり個人的な内容は書かない方が良いよな……」
「愛してるって書くか?」
「ばか!」
突然の彼からの揶揄いに、俺は彼の背中を思い切り叩いた。
彼は終始楽しそうな顔をしていた。
その日の放課後、俺は植物園へと来ていた。あの魔物退治の後から一度も来ていなかったからだ。
「本当……見事に燃えて無くなったな」
植物園では庭師さんたちが、せっせと植物を運んでいる。無事だったものを一度全て運び出し、更地にして土づくりからやり直すというのだ。
許可を得て敷地内へと足を踏み入れる。
樹木類はまだ植えられていて、これから根ごと掘り起こされるのだろう。枝の先が燃えているものもあった。
(あった。あの小屋だ)
敷地の端に覚えのある小屋が立つ。小屋の周りは幸い火事の被害は少なかったようだが、植物園の再建に伴いこの小屋も壊されると聞いている。
こんな敷地の奥に小屋が無ければ、また結果は変わっていたのだろうか。次に植物園を作り直す時は、彼女の仕事場はもっと、みんなが訪れやすい場所になればと思う。
俺はもう一度小屋を眺めると、来た道を戻り、植物園の出口へと向かった。




